インテリビレッジの座敷童

 美少女がいっぱい出てきては、少年と学校でいちゃいちゃしまくるラブコメとか、異能使いの少年少女がわんさか出てきて、上には上の果てしないバトルを繰り広げるとか。そんな展開を持った作品が好まれがちだと思われがちなライトノベルという小説世界。流行っているのはそういうものだとか、そういうものしか流行らないとかいった言説も出てきて、本当だったら豊穣にして多彩なライトノベルの持つ世界への見方を狭めている。

 けれどもだ。超売れていると評判の谷川流「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズだって、中高生に愛されている時雨沢恵一「キノの旅」だって、アニメーション化を得て大ブレイクした成田良悟「デュラララ!!」だって、ラブコメディとか異能アクションといった単純な枠組みにはまるで収まらない。SFとしての設定の深さや風刺や寓話としての展開の冴え、数え切れない人数を出し入れしながら、混乱させずに物語を転がしていく巧みさといった特徴があって世に飽きられず、今に続くシリーズとなっている。

 いろいろと話題を振りまいた伏見つかさ「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」だって平坂読「僕は友達が少ない」だって、美少女たちが出てきて少年と出会い仲良くなるなんて、読む人の願望を充足させるだけの話ではない。登場してくる人たちの絶妙な関係性があったからこそ、誰に感情を添えたいとか誰が嫌いとかいった視線を集めてベストセラーになった。そうした精査をしないで単純に、美少女がいっぱいだとか異能が激突といった図式で括ったところで、そこからライトノベルの人気の秘密なんて見えやしないし、それうした図式に内容をチューニングしたってベストセラーなんて出やしない。

 と、思いたいのが小説の小説としての可能性を信じたい人間の常だけれども、案外にすでに図式形式で人気不人気が決まる世の中に、来ているのかもしれないだけに迷い惑う。どっちなんだ? いやいや、やっぱり奥深さは必要だ。ベストセラーリストのトップに名を連ねる鎌池和馬の「とある魔術の禁書目録」だって、異能がいっぱいに美少女がいっぱいの物語ながらも主人公の意志の強さにスポットが当てられ、貫き通す凄さに引きずられて巻重ねてもファンが離れず、むしろ今なお増えている。新約に来てさらに世界の構造自体に挑むようなスケールアップを果たしたのは見事。別シリーズの「ヘヴィーオブジェクト」だって、巨大兵器の運用によって兵士どうしが激突する悲惨な戦争が変わったはずなのに、人間たちによる人海戦術が出てきてさらに戦争の様相が変わる姿を描き出して、際限のない戦いの続く世界に警鐘を鳴らす。

 そんな鎌池和馬が、新しいシリーズとして投入した「インテリビレッジの座敷童」(電撃文庫、650円)だってなるほど、少年の家に妖怪の座敷童というのが同居しているという設定が、ライトノベルにとてつもなくある人外との同居物と思わせそうに見えながら、その座敷童が美少女ではなく、出るところが出っ張り過ぎたグラマラスな女というところで、ひとつ外している。そして、こちらはありがちなドジっ娘の雪女を登場させながらも、少年や座敷童たちとの同居の列に加わえてそこに三角関係を作り出すような、そんな有り体の展開には向かわせない。致死性を持った危険な妖怪という位置づけを雪女に与え続けて、馴れ合いを防ぐ。

 工業化も行きづまった日本で、それならと原点に立ち返って農産物をブランド化させることによって、世界に存在感を再びアピールすることを狙った“インテリビレッジ”が、各地に生まれ始めているという設定が、ひとつあるのが「インテリビレッジの座敷童」というタイトルの由来。そうした農村ならではの伝統を重んじるスタンスから、妖怪変化が現実に現れ、人間たちに絡むという設定へと展開して、座敷童という存在を物語内の世間に認めさせる。その上で、妖怪変化にまつわる伝承をひとつのパッケージとして導入することによって、いろいろな騒動を起こせるという設定を重ねることで、サスペンスフルにしてミステリアスな物語の世界を、そこに現出してみせている。

 雪女は人間を誘い引き入れ凍らせて死なせる。船幽霊は人間から穴の開いた柄杓を渡されるともはや絶対に船を沈められない。座敷童は家を守るものの時として家にまつわるよくない未来を予言する。妖怪たちがそれぞれに持っていいるそうした決まり事を、単純にひとりの人間と、それに憑いた妖怪との単純な関係にとどめることなく、集団や社会そのものを縛るルールへと“パッケージ化”させることによって、起こることがあり起こせることがあると示す。

 もしもそれらから逃れたかったら、妖怪というシステムについてまずは理解し、その上で穴を探していく必要がある。殺し屋に迫られ絶体絶命の窮地から、雪女のルールを逆手にとって脱出する。閉じこめられて追いつめられた島から、船幽霊のルールを手元に引き寄せ大逆転の果てに脱出する。ルールにのっとり抜け道を見つけ、未来を切りひらいていくような展開は、ある意味でミステリーに近い雰囲気。妖怪と馴れ合う話の多いライトノベルの構造を、メタ化してみせたフィクションとも言える。日常というレイヤーの上に重ねられた“パッケージ”というルールを理解する必要があって、とっつきは大変かもしれないけれども、分かればどういう条件が発動しているのかを、俯瞰して楽しめる作品だ。

 書けば何だって売れてしまうだろうビッグネームの作家なのに、そうした場所に安住せず、捻り重ねて描いてみせるところが鎌池和馬の凄いところ。もっとも、先にも例示したように、ふり返ってみればデビュー作にあたる「とある魔術の禁書目録」のころから、決して一筋縄ではいかない作家だった訳で、「インテリビレッジの座敷童」もそんな真骨頂が出た作品。ライトノベルで大ベストセラーを生み出す人は、世間が言うようなライトノベルの枠組みとは、やはりどこかが違っているということを、この新作も含めて読んで世間はもっと知るべきだ。


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