すたんだっぷ風太くん!

 レッサーパンダの風太は大陸からの流れ者。動物の中でも最大級の人気を誇る「パンダ」の名前を持ち、なおかつ風貌の愛らしさもあって住み着いた動物園ではすぐさま人気者の座を射とめた。

 やって来る子供たちは何を置いても風太のいるレッサーパンダ舎へとかけつけ、長くふわふわとした毛の生えた尻尾をゆらゆら揺すりながら、林の中をうろつきまわり小屋にかかる梯子をのぼる風太の姿に見入りファンとなって帰っていく。

 おみやげも風太のひとり勝ち。フォトスタンドに絵はがきにぬいぐるみ。携帯ストラップに饅頭とあらゆるグッズが作られ売られて売れて行く。写真集が出てCDも作られ映画までもが製作されるようになってその度に、風太のところには巨額の出演料が転がり込んで動物園の財政を潤すようになる。

 やがて動物園の最寄りの駅には風太の巨大な看板が掲げられ、遠からず「風太駅」と駅名が変更されいずれは動物園自体が「風太動物園」になるとの噂が流れるようになった。所属する自治体までもが「風太市」と名を変えるのではないのかといった観測がまことしやかに語られるようになった。

 面白くないのが創設以来、動物園を人気で支えてきた象やキリンやゴリラやライオン、ペンギン、クマといったレギュラーの動物たち。その巨体が歩くだけで沸き立っていた子供たちの姿が象舎から消え、ライオン舎の前からもいつ吼えるのかと怯えつつ期待に胸ふるわせていた子供たちがいなくなった。

 愛らしさでは負けていなかったペンギンも長く人気者だった反動が出て目新しさがなくなりグッズが売れなくなった。テディベアとしてぬいぐるみの王者の座にあったクマもレッサーパンダの物珍しさの影に沈んだ。

 どうしてこんな仕打ちをうけなくてはならないのか。どうして子供たちは来てくれなくなったのか。悩み苦しみ怒ってすべての責任はレッサーパンダの風太にあると結論づけた。あの媚びるような肢体が悪い。あのふわふわとした毛皮がよくない。パンダという名前を持って大熊猫の人気をかすめ取っている、等々。

 もちろんその大半は言いがかりに過ぎない。言ってしまえば嫉妬心から生まれた濡れ衣だ。けれどもかつて栄華を誇った動物たちにはそんな諫めは通じない。とにかく風太悪い。そう憤った動物たちはある夜、遂に決起して風太の起居するレッサーパンダ舎を取り囲んだ。

 象はその巨体で風太にボディープレスを見舞った。長い鼻でチョークスリーパーをかけ失神の間際まで追い込んだ。ゴリラは突進してショルダープレスを喰らわせた。飛び上がってキングコングニードロップを落とした。ライオンは噛みついた。普段からヤスリで研いでいた刃が風太の顔面に食い込んだ。

 クマは両腕を細い風太の道に回してベアハッグで締め上げた。そしてペンギンがとどめを刺す。地上ではゆったりとしたペンギンも水中ではツバメのように舞い飛ぶ。水中へと引きずり込んだ風太に向かって、そのスピードで伸ばした羽の先を刃のようにして突っ込んでは、濡れて凍えた風太の毛皮を切り刻んだ。

 絶体絶命。ぼろ雑巾のようになって地面にくずれ落ちた風太の命の灯火が消えようとしていたその時。レッサーパンダ舎に子供たちの歓声があがった。風太の可愛らしさに心を奪われた子供たちだった。風太の元気な姿に勇気づけられた子供たちだった。動物園に通い、グッズを買い携帯ストラップを付けぬいぐるみを抱いて眠る子供たちが、風太のピンチにかけつけ応援の声を上げたのだった。

 「眠っちゃだめだよ風太くん」「頑張ろうよ風太くん」「立ち上がってよ風太くん」「スタンドアップだ風太くん」「スタンダップ!」「スタンダップ!」「スタンダップ!」「スタンダップ!」「スタンダーップッ!」

 声が届いた。ピクリと手が動き、脚が動き背中が動き頭が動いて全身が動き出した。そして遂にその時が来た。立った。風太が立った。立ち上がった。立ち上がって背筋を伸ばして拳を構えた。取り囲む象に、ゴリラにライオンにクマに向かってファイティングポーズをとった。

 敵は多勢。おまけに強い。百獣の王もいれば陸上最大もいるし北米最強もいる。対して見方は1人。力もない。技もない。けれども子供たちの応援がある。子供たちの希望を背負っている。負けたくない。風太は立ち上がる。負けられない。風太は敵へと向かっていく。

 風太は果たして勝てるのか。勝って動物園に安寧をもたらすのか。子供たちの笑顔に手を振り答えることができるのか。その答えは、風太の闘いの日々を描いた、自身が極真空手初段の腕前を持つ桜庭一樹の格闘家が抱く心理にまで踏み込んだ文と、打たれ倒れながらも立ち上がる様をとらえたイッセイハットリ写真による感動と歓喜のルポルタージュ「すたんだっぷ風太くん!」(富士見書房、800円)にある。

 大嘘です。


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