世界で一番不思議なあの子

 たとえば。オタク歴10年にして彼女いない歴17年という17歳の少年に晴れて彼女が出来たとして、それなりに可愛い顔をしていてとてもキュートな体つきをしていて、声は鈴を転がすように美麗な彼女が喋る言葉の最後に「だっちゃ」とつけたとしたら。彼氏は喜ぶかそれとも別れるか。

 これが1980年代半ばのことだったとしたら、流行りの最先端を行くものとして認め、よくぞやてくれたと喝采を送りつつ、さらに衣装も虎縞のビキニをあてがい、是非に着てほしいと求めはいつくばって頼んだことだろう。

 けれども、残念というか現実の現在はまさしく21世紀。ノスタルジックを喚起させる「なんとかピー」なり、愛くるしさを想起させる「なんとかりん」ですらない「だっちゃ」が語尾につく少女を、世間はどれだけオタクが流行していて、秋葉原が大人気になっているとしても、あまりな時代錯誤感から、忌避へと向かいそうな気もしないでもない。

 もっとも、そうした忌避の感情すら超えさせるのが限度を超えて迫って来る可愛らしさ。その場合は語尾が「だぴょ」でも「にょ」でも「にゅ」であっても、平気に受け入れてしまうのが、男心の現金さという奴だ。

 従って森山侑紀の「世界で一番不思議なあの子」(講談社X文庫ホワイトハート、600円)に出てくる「だっちゃ」娘も、そのバディのナイスさと見目の麗しさで、オタク臭いと忌避されるどころか誰からも諸手を挙げられ、求められることになるだろう。問題は当人がそうした少女の姿で、男性に受け入れられるのを好んでないということだが。

 それもそのはず。少女は実は水野和也という名の少年なのだ。女性の体にもなれるけれど、普段は男性の肉体を持っている不思議な家系の出である母親から生まれたこともあって、ある時を堺に女性化しまい、そして喋る言葉の語尾になぜか「だっちゃ」とつくようになってしまった。

 心はそのまま少年だから、男性に言い寄られることを好まない、というかむしろ嫌ってる。突然に女性化してしまう体質が出た原因ともなった、力を持った指輪の紛失事件を解決して、はやく元の変身しない体に戻りたいと願っているけれど、それには指輪を探し出す必要があった。

 予言によってそこが紛失場所だと出た学園に乗り込んではみたものの、女性になったら和也を妻としてめとうことになっていた、真澄という少年からいろいろモーションをかけられ、かといって男性の体だったら和也が妻にもらうことになっていた、雪子という名の許嫁の少女は名前のとおり雪女。ちょっと力を出せば誰をも凍らせてしまうからやっぱり近寄り難い。

 おまけに学園には雪女だけでなく、妖怪がほかにも平気で通っているから恐ろしいというか面白いというか。和也が転入したクラスの同級生は砂かけ婆に小豆洗いといった感じに婆さんばかりという事態。河童もいるし、ぬらりひょんもいたりして、それがごくごく普通に授業を受けているものだから、和也としても自分が少年と少女をしじゅう行き来している体質であることを棚上げして、最初は驚きあわてふためく。

 それでも程なくしてそういう学園なのだと馴れ、ようやく指輪探しに乗り出したものの邪魔は入り、女性化しては言葉が「だっちゃ」になったりとドタバタを繰り返す。そのストーリーは徹底した明るさとテンポの良さにあふれていて、変身も妖怪との同窓も現実的にはありえないことだし、今さら「だっちゃ」はないだろうと思いながらも、ついつい最後まで読まされてしまう。

 そんなドタバタぶりに加えて、妖怪であろうと女性化してしまう少年であろうと、構わず受け入れ認める学園の博愛ぶりも心地良い物語。カズアキの描くイラストの女性化した和也が放つ可愛らしさにグラマーさが、ページを繰る目を楽しませてくれる点も素晴らしい。雪子もこれまた可愛らしいし愛くるしく描かれている。この美少女のどこに誰をも凍らせる魔性が潜んでいるのだろう? いやいや、美しい少女は存在そのものが魔性なのだ。

 少女になった和也の絵が、それほど多くない点がが気にかかる部分といえばいえるけれども、ドタバタはまだまだ始まったばかり。続きがあるなら是非にその中で変身に継ぐ変身をさせて、水着にメイド服にチャイナドレスにセーラー服ををまとった和也の姿をいっぱい、読ませて見せて戴きたい。


積ん読パラダイスへ戻る