不死身のフジミさん 殺神鬼勧請

 42歳。満年齢なら後厄にあたる年齢の男性が主人公だなんて、ティーンが読者のライトノベルだったらまずあり得ないシチュエーションだが、ライトノベル的なファンタジー作品が増えてもやっぱりそこはノベルズ、大人の世界だ。むしろ他の戦記物やミステリーを手に取るファンが、近似の伝奇として手にとってくれることを期待しての年齢設定なのかも知れない。

 という訳で「C・NOVELS」から刊行された諸口正巳の「不死身のフジミさん」(勇往公論新社、900円)。両親も祖父母もすでになく、結婚した妻は結婚から3年後にようやく行けることになった新婚旅行で、手違いから別々の便になってしまった際に、妻の乗った機だけが墜落炎上して死亡。以来20年近くを独り身で過ごしてきた、建設会社に勤務する富士見功という42歳の男が、突然に振ってきた会社の仕事で、蕪流町という地方の小さな町へと派遣される場面から幕をあける。

 命じられた仕事というのがまた風変わりで、そこにある住宅すべての建築年数を調べて来いというもので、聡い人ならリストラ目的の仕事かも知れないと思うところを、何事にも淡泊でのんきな富士見さんは、とりたてて疑念も抱かず、今もつき合いがある死んだ妻の弟からなじられても受け流して、黙々と言われた仕事をこなそうとしていた。そこに災難が降りかかる。

 町はずれにある家を訪ねたら、手に武器と火炎瓶を持った男が出てきて、よくも私有地に入ったと富士見さんに襲いかかった。カローラを火炎瓶で焼き払い富士見さんには武器で殴りかかって脳天を叩き割る。哀れ死亡の富士見さん……となるはずだったのが訪ねた家の中で目覚めたらしい富士見さんの体に傷はなく、起きあがると自分を襲った男が驚き再び襲いかかってきた。

 あわてて逃げ出し宿に帰ると、さらに不思議なことが待っていた。狐顔の男と女が訪ねてきて、富士見さんに「300年ぶりだな」と言って迫ってなにがしかの約束を果たさせようとする。もちろん身に覚えなんてないし、そもそも300年前には生まれてすらいない富士見さんに向かって男は、お前こそが悪鬼を狩る不死身の<神殺し>だと告げ、蕪流町にいつからか巣くうようになった非神を退治するよう命令する。

 どういうことだと訝る間もなく、居残った稲村凛子という女性に連れて行かれた富士見さん。途中で記憶を失って、目覚めた時にはひとつの事件が片づきいていて、そして富士見功は本当に自分が普通とは違う存在なんだということを知る。普段はただの冴えない中年男。真面目に実直に生きてきた中年男。それがどうしてそんな事態になってしまったのかと悩み、戸惑い恐れおののく姿のみっともなさが、面倒なことには関わらずに静かに適当に世の中を過ごしていたいと思いがちな、冒険を痛う中年世代の共感を誘う。

 と同時に、この静かで何事もなく過ぎていくつまらない日常から抜け出て、避けられない運命というものにその身を委ねてみたいという、とうの昔に捨てて良いはずなのに引きずっている飛躍の願望を刺激され、背もたれから背中が浮き上がり座面から尻が浮き上がる。立ち上がれ、走り出せとせつかれる。もっとも一般人にそんな可能性は皆無。だからこそこうした物語が好み描かれ、そして読まれるのだろう。

 ただし不死身という天与に近い能力を持っているからこそ、浮かぶ慚愧の念もある様子。事故で死んだ妻が書き残した自分を心より思ってくれていた文章、その期待に答えようとした結果が事故だったという事実を知り、且つ不可抗力ではなくできた己の能力を感じて迷う。こんな力、なければ良かったと思いそして今行っている、意図せざる殺戮への恐れも湧いて大いに悩む。自責と慚愧の大きく重たい感情を背負うだけの勇気が、ただ力に憧れるだけの者にあるのだろうか。あればヒーローに気持ちを添えなくても独りで歩いていける。そうではない者はだから、物語に身をなぞらえてひとときの夢にひたるのが懸命だ。

 どうやら仕事は無事片づいたみたいだが、張り巡らされた伏見稲荷のネットワークは広くそして深い様で、久方ぶりに一族として見つかってしまった富士見さんには次の舞台が与えられ、そこでの活躍が期待されている模様。神の眷属でありながらも、日頃はスーパーのレジ打ちをしながら世話をしてくれた蕪流町の凛子さんに匹敵するだけのヒロインも、きっと出てきてくれるだろう。

 リーフ出版より一時期刊行されていたライトノベルの叢書「ジグザグノベルズ」で新鋭として登場し、たちまち人気作家になった著者が、「ジグザグノベルズ」の消滅によって埋もれてしまうのは惜しいということで拾い上げられ描かれた物語。他にない冴えない中年男のヒーローと、怖そうに見えて実はきつねうどんやきつねそばが大好物という狐たち神の眷属が織りなす退魔ストーリーが、全3巻の予定で繰り広げられる。つぎはどんな強大な敵が出てきて、そこで富士見さんが実直さをのみ込みながら<神殺し>としてのどんな力を見せてくれるのかを、想像しつつ続刊を待とう。


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