法石姫 〜クロイハナトナクシタナマエ〜

 絶対に続きが読めない物語。けれども、続きを語って欲しかった物語。

 「ゾアハンター」シリーズや、「神曲奏界ポリフォニカ」のブラックシリーズ、レオンシリーズなどで高い人気を得ていた2010年、病気のため死去した大迫純一が残していた小説が刊行された。それが「法石姫−クロイハナトナクシタナマエ−」(GA文庫、600円だ)。

 帯びにある「最高の1冊」という言葉については、マナガとマティアの切なくも愛おしい関係に涙した「ポリフォニカ」のブラックシリーズを推したい気持ちから保留にするが、「最後にして」という帯の言葉は紛うことなき真実。それを噛みしめなくてはならない気持ちには、やはり暗さ、寂しさが付きまとう。

 物語自体も、とても厳しさを持ったものになっている。なにか不思議な状況が起こった直後、ひとりの少女が他のクラスメートたちともども、学校の校庭にいることに気づく。少女は幼なじみの少年による介抱に喜ぶ一方で、まるで知らない少年から、さも知人のように話しかけられて「誰?」と戸惑う。

 奇妙な展開。そして、どこか胸をざわつかせる光景から幕を開けた物語は、少し時間を巻き戻し、宮原芹菜という少女がいて、工藤大樹という幼なじみの少年と恋人とは言い切れないまでも、極めて親しい間柄にあることを示すようなエピソードが繰り広げられているシーンへと向かう。

 甘くて酸っぱい青春そのもののような日々。ところが、大樹が家へと向かう途中、道ばたで何か得体の知れない物体と戦っている女性を見つけててしまったことが、大樹の日々を激変させる。いや、運命さえも大きく曲げてしまうことになる。

 戦い巻きこまれた大樹は、物体に傷つけられた女性が、病院に運ばれ息を引き取る場面に立ち会う。目の当たりにする人の死に呆然となる大樹。思い悩んでいたその前に、突然、人形のような少女が現れて、クミカという名の死んだ女性は、世界を脅かす“欺哦”なる存在と戦っていたことを話し、その力を大樹が受け継いだことを聞かされる。

 桜羅という名の小さな少女は、大樹を巻きこまなくても敵を倒せると言う。けれども実際は、相棒となった人間がいて初めてすべての力を発揮できる。桜羅だけでは“欺哦”は退けられず、その暴虐は街を巻きこみ、芹菜も含めて身近な人たちを巻きこんでしまう可能性が出てきて、大樹はいてもたってもいられなくなる。

 無関係だと身をすくめていれば、自分は助かるかもしれない。目の前で人を死を見た大樹にとって、そうるのが普通の振る舞い方だっただろう。けれども、それでは自分以外の誰かか傷つく。クミカのように命すら奪われてしまう。そして事件。もはや逃げていられないと、戦いを選んだことで大樹は皆を救う。ところが。

 そんな大樹を悲劇が襲う。冒頭の場面。その呆然とするしかない展開は、自分と引き替えにして誰かを救う勇気の是非を強く問いかけてくる。ヒーローのあり方を強く考えさせられる。

 知らなかったら、ただの不運として誰かが死に、悲しみに暮れて終わった話しかもしれない。けれども、大樹は知ってしまった。そうなった以上は、自分を犠牲にすることは、もはや避けられない運命だったのかもしれない。残酷といえば残酷だが、人間の運命とは得てして不条理なもの。そこからどう、自分なりの道を造り直し、切りひらいていけるかで、その後の人生も変わってくるのだと思いたい。

 戦いに身を投じたことで見まわれた不条理に、大樹がどんな態度を見せて乗り越えていくのか。その気持ちの強く現れる様を、是非に読んでみたかったが、これはもう絶対にかなわない希望。だったら自分自身で考えるしかない。選ぶべきか。留まるべきか。その先に待つ運命をどう克服していくのか。

 そうすることが、これだけの物語を残してくれた大迫純一への、読者としての心からの感謝になる。


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