宝印の騎士

 苦労ばかりさせられていたから、差別され続けていたから、その分ほかの人たちよりちょっとくらい優遇されることがあっても構わない。そう考えること自体は誰にでもよくあることで、だから苦労や差別への対価として優遇されている人がいても、周囲は温かい目で見守られる。

 もっとも優遇にも限度があって、それを越えれば当然ながら疎まれ糾弾されて排除される。苦労や差別の根源となった事柄に向けられる目も厳しくなって、未だ苦労や差別を受け続けている人たちに対する災難となって降りかかる。そうならないためにも、人はどこが限度なのかを計り、振る舞わなくてはならない。

 苦労し、差別されて縮こまり、頑なになった心でどこまでが限度を計ることは容易ではないけれど、西城由良の「宝印の騎士」(600円)というファンタジーの中に、増長せず傲慢にならないで自分を取り戻していくための道筋が示されている。読めば反感を受けず増長だとも思われないで、誰からも認めてもらえる主張のさじ加減を理解できる。

 ストーリーの構造はいたってシンプル。貴族がいて平民がいて、差別されている階層がある構造が長く続いてきた帝国で、若くして即位した帝王が、何を考えたのか奴隷的な地位に甘んじている階層にも、人間としての権利を認めたことで帝国には、ちょっとした混乱が生じた。

 加えて帝王は、貴族の庶子として生まれたこどもに対して、親に何か1つだけ、言うことを叶えてもらえる権利を与えられた。その権利を行使したのが、差別されていた層に生まれスラムで過ごしてきた少年のノイル。貴族でも上級に族する祖父に頼み、帝国に伝えられていて人間に不思議な力を与える宝珠を身に取り入れ、宝印として使えるようにする技術を学ぶ学校に通う権利を得る。

 帝王による命令でもあり、祖父の貴族が有力筋だったこともあって、スラム出身と虐められのけ者にされることはあても、叩き出されることにはならなかったノイル。持ち前の気の強さもあって常に2番手の成績を維持して勉学を修め、あとは卒業試験に合格するのを待つばかりになっていた。ところが。

 秀才で試験でも完璧な答案を書けたと自己採点していたノイルの答案が、なぜか不合格にさせられてしまう。校長室へと呼び出されたノイルは、そこで追試を受けるように校長から言われ、ある理由からノイルと同様委不合格となっていた、ウィリップという下級貴族の少年と2人で、試験に挑む羽目となる。

 2人が与えられた課題は、ノイルの手に置かれたまま、ノイルが手のひらを綴じ合わされてしまったため、見えなくされた宝珠が何かを手を開け確かめなることなく当てること。宝石の色や形は、目隠しをされたノイルにかわってウィリップが見ており、ノイルはそれを聞いて知識と照らし合わせるだけだった。

 ところが、宝珠を見たはずのウィリップは、口述試験の時になぜか口を聞こうとせず、それが原因で不合格になっていた。喋らずとも別に紙に答えを書けば良いだけのこと。そう考えたノイルにウィリップは帝王が誰かに狙われているという文言だけを繰り返し書き、焦るノイルを苛立たせる。

 そんなことがあるはずにないし、それよりも自分の合格の報が大事だと訴えるノイルに、ウィリップはきけないと思われていた口を開いて、暗殺の悪巧みをしている奴らがしかけた薬が効いているふりをしていただけ、それで試験にも落ちてしまったけれどもう我慢ができない、1人でも帝王暗殺を止めに行くと告げて出ていってしまった。

 帝王の危機よりも自分の合格が大事だと思いながらも、ウィリップがいなければ自分の合格はあり得ないため、ノイルはウィリップを追い掛け暗殺の有無を確かめようとする。ノイルとはいとこにあたる貴族の嫡男で、同じ学校をこちらは1発で試験に合格し、卒業しようとしているティフェールも巻き込まれ、帝王暗殺のピンチに3人の少年たちが挑むストーリーが繰り広げられる。

 自分さえ良ければというノイルの性格に、臆病なウィリップの性格、そして貴族の嫡男ならではの唯我独尊なティフェールの性格が重なり合っても、そこに生まれるのは当然ながら反目ばかり。けれどもシリアスなものとして迫る帝国の危機を感じ取り、協力し合って一大事を防ごうと頑張る3人の間には、やがて表向きの反目とは違った、生きていくために不可欠な思いやりと情愛が、芽生え育まれていく。

 続く第2話では、卒業試験に合格したものの、まだまだその出自故に前途多難なノイルがまたしても遭遇した事件を、ちょっぴり成長したウィリップと、高飛車さの中にも正義を曲げないティフェールの力を加えて解決していく様が描かれる。

 最後に姿を現した敵が言う、一所懸命に努力したんだから、何をやっても許されるんだと訴える言葉は傲慢極まりないけれど、当のノイル自身がそんな考えに囚われていた節があり、敵のみっともなさに自分を見て、戸惑い悩む。そんなノイルの姿が、読む人に自分を常に省みて傲慢ならば考えを改め、それから前を向いて進んでいく大切さを教えてくれる。

 ノイルが得た名前のまだない宝珠の謎や、それがもたらす力の意味が未だ語られていないだけに、続編ではそんな設定の深さも描きつつ、頑張る若者達の姿を見せて欲しいもの。帝王暗殺の話を聞いてしまい、悩むウィリップが思い浮かべた入学試験の時のエピソードを描く第3話に登場する、息子を溺愛して入学試験に着いていってしまうウィリップの父母や、ウィリップが入ろうとしている学校で秀才の誉れ高かったウィリップの姉たちが再登場して、まだ子供のノイルたちを手玉に取るようなエピソードもあれば面白い。

 期待して待とう。


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