姫騎士とキャンピングカー

 台湾や韓国といった日本以外の場所で、日本のライトノベルが翻訳されて大勢のファンに読まれている。日本から作家が赴きサイン会を開けば、長い行列ができるというからその人気には相当なもの。日本のライトノベルを読んで、自分もライトノベルを書き始める人も出始めているらいし。

 自分の国の言葉ではなく、日本語でライトノベルを書いて日本でデビューを果たしてしまった人もいる。台湾出身の三木なずなで、もともとは声優を目指して日本に留学しましたが、その後、声優になるのは断念して作家の道へと向かい、2013年に集英社スーパーダッシュ文庫から「チェリッシュ! 妹が俺を愛しているどころか年上になった」でデビューした。

 日本での生活は10年を超えているようだから、日本語の会話には不自由しないだろう。読み書きも出来るだろうけれど、それでも母国語ではない日本語で小説を書くのは大変なこと。純文学の世界では、スイス生まれのデビット・ゾペティやイラン出身のシリン・ネザマフィが芥川賞の候補になっただけで大騒ぎになった。

 中国出身の楊逸が芥川賞を受賞した時は誰もが驚いた。三木なずなもだから、作品数を重ねていけばこの3人や、やはり台湾出身で、子供の頃に日本に移住した直木賞作家の東山彰良に負けない注目を集める作家になるかもしれない。

 そんな三木なずなが、ライトノベルでは老舗レーベルのスニーカー文庫で始めた新シリーズが「姫騎士とキャンピングカー」(KADOKAWA、620円)だ。読めば日本語で書かれているということ以上に、日本のライトノベルならではのシチュエーションがふんだんに盛り込まれていて、どこの出身なのかをまるで感じさせないところに驚くだろう。

 何しろ主人公が元社畜だ。ブラックな職場環境に文句を言わず、昼夜を問わないで働き続ける日本ならではの生き物の登場に、自分も似た境遇にあるなと共感を覚えてしまう若い世代も多いはず。そして、10年間もの社畜生活に耐えた主人公、小野直人が嫌な上司に辞表を叩きつけ、働き続けて貯めたお金で自分の望むように改造したキャンピングカーを手に入れた姿に、自分もいずれ後に続きたいといった憧憬が浮かぶだろう。

 なおかつ、そこから先の展開が、長い社畜暮らしに喘ぎながら、ライトノベルに描かれる幻想の世界に夢を求める人たちのさらなる同意を誘う。会社を辞めたその足で、パトリシアと名付けたキャンピングカーを運転し始めた小野直人は、蛇行してきたトラックにぶつかりそうになって急ハンドルを切る。事故にはならず、自損もしなかったが、見渡すと周囲の風景が変わっていた。異世界に来てしまったらしい。

 さらに小野直人は、怪物のオークに姫騎士が襲われている場面に行き当たる。ソフィアという名のその姫騎士を助けた小野直人は、いっしょに王都を目指してキャンピングカーで走り始める。その旅は実にのんびりとしたもので、調理も可能ならシャワーも使えて炬燵まで備わっているキャンピングカーならではの楽しさが漂ってくる。いつか自分もキャンピングカーを手に入れるぞ、それで異世界を走るぞと思わせられる。さすがに異世界は無理でも、キャンピングカーなら手に入れられるかもしれない。10年の社畜生活を耐え抜けば。

 旅の途中でエルフとオークと間に生まれたミミという少女を拾ったり、キャンピングカーの精霊が現れたりして同行者が増えていく旅は、怪物を倒したり魔王を退けたりするようなヒーローならではの醍醐味からはほど多い。けれども、気ままで楽しげな一行の姿が、強さよりも暖かい団欒を求めることの価値を問いかけてくる。

 姫騎士はオークに襲われるものだという、ファンタジーによくある設定を逆手にとって、本当は平和的なオークをなぜか敵視して襲ってくる姫騎士が大勢いて、そのたびに手間をかけてオークたちが追い払っている大変さを描いているのも面白い。そこから話し合い、理解し合って人間とオークとが次の段階へと進んでいく展開が、戦いよりも大切なことがあるのだと思わせてくれる。

 もうひとつ、浮かんで来るものがあるとしたら、それはゆっくりと暮らすことの大切さだ。ガソリンという燃料が異世界にはないため、ソーラーパネルで目一杯に充電して、電気の力でハイブリッドエンジンを動かしても、冷蔵庫や炬燵などに振り向ける電力を考えれば、1日に走れる時間は5分程度に限られてしまう。それでも、走っていればどこかに着くと気楽に構え、毎日を送ることから生まれてくる気持ちの余裕のようなものが、難しい問題でもいつか解決してくれるだろう。

 何でもないことに怯え、急かされているように生きている人は、何にもしない時間をいちど、作ってみると良い。そんなメッセージが浮かんで来る。

 ソフィアを無事に送り届けた王都から、小野直人は外へと出て新しい旅へと向かう。燃料の問題もあって進める距離は限られるけれど、だからこそじっくりと、異世界をめぐる旅から生まれる出会いや、得られる経験がありそう。それを自分のことのように味わいながら、いつか社畜から抜け出して、毎日をのんびりと過ごす日々を夢想したい。たとえ来なくても、夢見るだけで幸せになれるだろうから。


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