ハイライトブルーと少女

 むかし煙草を吸っていたけどそれは多分にファッションで、吸ってる自分カッコイイなんて自惚れだけで吸っていただけ。吸わないと我慢できないといった感じにはまるでならなず、むしろ吸ってる時に出る煙が目にはいって、なんか鬱陶しいといった気さえしてた。

 無理に吸い続ける必要がなかったから、銘柄もちょっぴり値段が高いけれど、見た目がカッコ良くってアメカジっぽいラッキーストライクがメーン。国産だと好きなアーティストでチェロ奏者の溝口肇が、テレビCMをやっていたからピースライトを試してた。

 つまりはミーハー。国産ナンバーワンのマイルドセブンは皆が吸っているからとすぐやめた。ハイライトは、「Y’s」で知られるファッションデザイナーの山本耀司が、愛飲しているってことで興味を抱いたことはあったけど、強くて濃すぎて常飲はしなかった。

 そんな風に煙草を続けて吸っていた期間は2年くらい。今は吸わなければ吸わずにいられるし、吸ってもずっと吸い続けようとは思わない。かといって誰かが吸っているのを止めようとも思わない。そんないい加減な煙草との距離感。

 だから「そよかぜキャットナップ」(講談社BOX)で田舎の心優しい人々による夏の日々を描いた、靖子靖史の第2作「ハイライトブルーと少女」(講談社BOX、1600円)に出てくる、20代も終盤に差し掛かった勤め人のウミノという青年が、にわかに喫煙者となって、コンビニエンスストアでもなく自動販売機からでもなく、昔ながらの街の煙草屋でハイライトばかりを買うようになった理由も、なんとなく分かる。

 煙草を吸うことが目的じゃない。煙草を買うことがウミノの目的。狙いは煙草屋にいる美少女。それも中学生の。なんだおいこのロリコン野郎! そんな罵声のひとつでも浴びせてやりたくなる人もいそうだけれど、話が進むにつれてそんな気分も薄れていって、このかわいそうな少女を、なんとかしていあげたいって気持ちの方が、誰の心にも強くにじんでくるようになる。絶対に。

 その煙草屋は、毎日その娘が店番をしている訳ではなくって、たいていは志乃というお婆さんが待ち受けていて、ウミノから1万円札を受け取っては、410円のハイライトを渡すのといっしょに、お釣りを瞬時に揃えて渡す名人芸を見せてくれていた。そんな志乃の相手をすることも、ウミノは決して嫌いではなかったけれど、それよりやっぱり少女が見たかった。少女と話したかった。

 たまにしか会えないし、滅多に話しも出来ないけれど、会えて話せれば嬉しい気持ちで会社に行けた。幸せな日々が流れていた。それがある日突然終わる。ふつうなら開いているはずの店が閉まっていた。そしてずっと開かなかった。どうしたんだろうか。何かあったんだろうか。しばらくして店が開いていて、そこに志乃ではなく少女がいるのを見て立ち寄ったウミノは、志乃に何があったかを知り、それ以上に少女にに驚くべき出来事が起こっていることを知る。

 それは奇蹟。あるいはファンタジー。とはいえ決して手放しで喜べることではない。妄執にも似た少女の祖母への慈しみが呼んだその不思議な事態の原因は、放っておけばいつまでも少女の心に暗闇をもたらし続ける。少女を悲しませ続ける。それはいけない。どうにかしてあげたいとウミノは立ち上がり、動き出す。

 それはやっぱり傍目には、中学生の少女に入れこむロリコン青年の頑張りにしか見えない。彼に理解のある同僚たちならいざしらず、上司や他の面々に知られたらいったいどうなるか。考えると躊躇も出てしまいそう。もっとも、なによりも少女の幸せを願っていたウミノは、体面なんてまるで気に留めないで、少女のために突っ走って、ひとつの幸福を少女にもたらす。

 そんなウミノに、誰がロリコン野郎だなんて単純で卑俗な罵声を浴びせられるのか。彼が何をしたいか感じ取ったからこそ、会社の後輩の女性はウミノへの恋情を嫌悪に変えず、むしろより強烈にしてウミノに向け続けようとする。なんかねたましい。ウミノは未来、そんな思いを受け入れることになるのか、それとも頑張って少女が成長する10年の後を待つのか。ちょっと気になる。

 そんな、ウミノのこれからを知りたい気持ちもあるけれどでも、まずは少女が救われたことに喝采。それを助けたウミノと彼の気さくな仲間たちに賛辞。誰かを幸せにすることは、自分たちも幸せな気持ちになれるんだと教えられる。

 それはそうと、ウミノはこのあともずっとハイライトを吸い続けたんだろうか。志乃がいて少女がいる煙草屋ではなく、コンビニで買って吸ってみたハイライトは不味かった。それもそのはず。ウミノはハイライトが、煙草が好きだというわけではないのだから。吸うには理由があったのだから。

 だから、目的を終えて吸うのを止めたのかもしれない。もっとも、止めると煙草屋を長い間きりもりするくらい、煙草を売ることに人生をかけていた志乃が、甦ってきてウミノを軟弱と誹りそう。それも嬉しいことだけれど、でも志乃には落ち着いて欲しかった。そのために少女は頑張ったし、ウミノも少女を守ろうとした。だからやっぱり止めたかもしれない。

 どっちだろう。


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