ヘヴィーオブジェクト 

 ロボットアニメが減っているという。「マジンガーZ」や「鉄腕アトム」のような、誰でも知っているロボットアニメがリメイクされて、放送されたり映画館で上映されるケースは確かにあるが、まったくの新作として、新しいストーリーと新しいキャラクター、そしてなにより新しい設定を持ったロボットアニメは、なかなか登場しない。

 映画になって大ヒットした「新世紀エヴァンゲリオン」も、元を辿れば1995年から96年に放送されたテレビアニメを、もう1度作り直しているだけのもの。「ラーゼフォン」や「創聖のアクエリオン」や「機神大戦ギガンティックフォーミュラ」や「アイドルマスターXENOGLOSSIA」「天元突破グレンラガン」といった新機軸が、毎年のように登場していた2000年代半ばを近年の山とするなら、2000年代末は谷へと向かい坂道を駆け下りている最中にあるといえなくもない。

 なぜか。絵として描くのが面倒といった技術的な部分は、CG(コンピューターグラフィックス)の導入によって半分くらいは解消されつつある。動かしてロボットらしく見えないといった悩みは未だにあるものの、ロボットを出しやすい環境には少なくともある。問題はだからド、ラマ作りにの面に行き詰まりが出ていることだろう。

 ロボットが登場するアニメを作るとしたら、やはりヒーローなりヒロインはロボットに乗り込まなくてはならない。そして狭いコックピットで自分は何かを思いつつ、コックピットの外でくり広げられている世界規模なり宇宙規模の戦いに、身を投じなければならない。近い部分と遠い部分しかなく、社会という間がすっぽりと抜けてしまったドラマが行き着く先は、外向きのアクションと内向きの葛藤の重ね合わせ。どうしても似てきてしまう。

 だから、過去にヒットしたキャラクターを引っ張り出すことで、ノスタルジックな感情を喚起する方へと走りがちになる。あるいは「機動戦士ガンダム」というネームバリューにすがりつつ、そこに新たなドラマを作り出そうとすることになる。もっともこれも、「ガンダム」があまりにキャラクター化してしまい、かつての「機動戦士ガンダム」のような、ロボットを兵器として使い倒していくような展開がとれず、ロボットを人間とは違ったキャラクターとして生かし続けなくてはならないという悩みが、起こりはじめているという。

 もはや新しいロボットアニメを作ることはできないのか。ロボットが戦うようなドラマに新機軸は生まれ得ないのか。ライトノベル作品の「とある魔術の禁書目録」(電撃文庫)がベストセラーとなっている鎌池和馬が、新しく立ち上げたシリーズ「ヘヴィーオブジェクト」(電撃文庫、610円)が、閉塞感の見られはじめたロボット物の世界に新たな視点を持ち込み、次世代のロボットアニメを熱くて激しいものにできる可能性を示している。

 これをロボットといって良いかには、いささかの躊躇いが生まれないでもない。人型ではないからだ。標準で50メートルほどの本体があって、そこに砲塔なり脚といったパーツを付け加えていくことによって、100メートルを超えるサイズにまで膨れあがった「オブジェクト」は、ロボットというよりはむしろ巨大な戦車といった趣。用途も手足を使った格闘ではなく、武器を撃ち合っての戦いで、戦車なり戦艦の進化系といった見方ができなくもない。

 しかし、そんな「オブジェクト」にも人は乗っている。それもたった1人の少女が乗り込んで操縦している。エリートと呼ばれる種類の少女は、才能を認められて「オブジェクト」の操縦者となる。そして、「オブジェクト」を操って戦場へと向かい、砲塔からレールガンなりミサイルなりを放って、敵の「オブジェクト」と戦いを繰り広げる。兵士たちが相手にはならない。相手はあくまでも「オブジェクト」だ。

 この時代、戦争は一騎打ちの騎士のように「オブジェクト」どうしが戦って決着をつけるようになっていた。何しろ巨大で強力で、兵士の攻撃はもとよりジェット戦闘機の攻撃すら受け付けない。それどころか、核兵器を喰らっても稼働し続けるというからもはや敵なし。否、敵は同じ「オブジェクト」だけで、戦場では「オブジェクト」だけが相まみえ、人間は兵站で「オブジェクト」を整備したり、「オブジェクト」が戦いやすい環境を作ることだけに専心していた。

 兵士の命が極力損なわれないという、ある意味でクリーンな戦争の姿を「オブジェクト」の登場が作り上げた。仮に味方の「オブジェクト」が破壊されても、兵士は敵「オブジェクト」に捨て身の戦いを挑むようなこそはしない。紳士協定あるいは暗黙の了解ということで、味方「オブジェクト」の沈黙をもって白旗を挙げ、それを見た敵「オブジェクト」は追撃をせずに兵士を見過ごすことになっていた。ところが。

 最前線を経験すれば良い地位につけることから、「オブジェクト」についての勉強をするために、アラスカの前線に勇んでやってきた少年クウェンサーと、戦場帰りという箔をつけるためにやってきた、貴族の跡取り息子のヘイヴィアが出会い、つたない食糧事情を自助努力で改善しようと、鹿を撃ち鮭を釣ろうとして上官に見つかり、正座させられた直後の日。

 クウェンサーとヘイヴィアは、出動した戦場で味方「オブジェクト」が沈黙する様を見、そして白旗を挙げたにも関わらず、敵「オブジェクト」が味方を蹂躙し、また前日に知り合いになっていた味方のエリート、ミリンダを攫おうとしていると気づく。
BR>  どうするべきか。本来なら見捨てて逃げるところを、クウェンサーとヘイヴィアは妙な男気を発揮してお姫さまを救おうとする。そもそもが暗黙の了解すら守られそうもなく、クウェンサーとヘイヴィアは手にできる範囲の銃器と爆弾を持って、核兵器すらはね返す強大な「オブジェクト」を相手に戦いを挑む。

 強大な相手にほとんど徒手空拳で立ち向かうという構図は、映画の「ダイ・ハード」シリーズを挙げる訳でもなくエンターテインメントの定番設定。なおかつ負ければ蹂躙されるだけという展開は、せいぜいがテロリストであり人間でしかない敵を相手にたジョン・マクレーンよりも苛烈にも関わらず、クウェンサーとヘイヴィアは知恵を出し合い、行動を起こし運にも助けられながら「オブジェクト」に向かっていく。

 むろん、人間の作ったものでしかない「オブジェクト」にも弱点はある。あるけれどもそこを衝くには強大で強力過ぎる「オブジェクト」を倒すために、2人が繰り広げる手法の意外性がとても楽しい。切羽詰まった状況であるにも関わらず、どこか楽天的で軽口をいい合いながら敵「オブジェクト」に向かっていく2人の洒脱さは心地よく、高度なパズルを解くように敵「オブジェクト」を沈黙させる2人の凄さには心を踊らされる。

 本来だったらヒロインになるはずのオブジェクトの乗り手たちは、どこか浮世離れしていて剽軽。とりわけミリンダは、命を救ってくれたクウェンサーに恋慕めいた感情を抱いているようだが、ラブコメ的なはっきりとした恋仲になるということもなく、どこか高みから見守っている存在。話は徹底してクウェンサーとヘイヴィアのぼやき混じりの活躍に照準が合わせられ、お姫さまに見られながら頑張る楽しさというものを感じさせる。

 キャラクターでは、クウェンサーやヘイヴィアたちの上官も、ストッキングにタイトなミニスカートがお似合いの豪傑として描かれていて、少年たちを叱咤し脅し、それでも聡明さでもって助けては、腐れ縁的な関係となってあちらこちらの戦場を渡り歩く、そんな姿に惚れ惚れとさせられる。

 そう。戦いはアラスカだけで終わらなかった。「ヘヴィーオブジェクト」には、素手とまではいかないものの、ほとんど徒手空拳で「オブジェクト」を倒すという空前絶後の偉業を成し遂げ、英雄となってしまったクウェンサーとヘイヴィアに、次々と降りかかる難題が連作風に描かれていく。

 体を休めることはできず、安全地帯に抜け出すことも不可能なまま、最前線のあちらこちらに転属させられては、前よりもハードな境遇に置かれるクウェンサーとヘイヴィア。「ダイ・ハード」が「ダイ・ハード2」となり「ダイ・ハード3」を経て「ダイ・ハード4.0」を超えて戦い続けるジョン・マクレーンが、観光旅行中気分のお上りさんに見えるくらい、苛烈な境遇に放り込まれるクウェンサーとヘイヴィアに幸せは訪れるのか。興味が募る。

 果たして強力無比な「オブジェクト」が出来ただけで、世界の戦いはクリーンな方向へと向かうのか、それともいみじくもクウェンサーとヘイヴィアが実行して見せたことを糸口に、再びの泥沼が到来してしまうのか。フィクションとしての面白さが優先されている展開に、リアルに振った場合に何が起こるのかを考える余地はありそうだ。

 二足歩行の人型ロボットにも勝る質量と火力を持った「オブジェクト」どうしが空でぶつかりあい、「ファイブスター物語」に登場する、戦いのあり方を専門の騎士たちによる専権事項に変えた先達の「モーターヘッド」のように、巨大な兵器が人間たちを蹂躙する様の迫力が映像になれば、誰もが驚きを感じて画面にのめり込むだろう。

 そんな戦いの様子を地上から仰ぎ見つつ、ちっぽけだけれど知恵と勇気とユーモアを持った生身の人間が、前に動いて闘い進むドラマが映像になれば、とても素晴らしいものになるだろう。

 球形で脚が生えていたりもする「オブジェクト」が、人型の二足歩行ロボットとは比べづらいのは仕方がないこと。ただ、人が操り動かし戦うという基本線は立派にロボット物の範疇だ。ライトノベルの「ヘヴィーオブジェクト」をそのままロボット物と認め、ロボットの凄さと案外な弱さを描き、人間の強さを描く新しいタイプのロボットアニメとして映像化すれば、もはやロボットアニメが行き詰まっているなどとは、誰にも言わせない状況が生まれるだろう。


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