はうはう

 右手が突然女の子になってしまって、着替える時とかアレをつまむ時とかに大騒ぎする漫画がちょっと前にあったけど、その気恥ずかしさに比べれば、右手が魔界の番犬ケルベロスになることくらい、何でもない……わけないよねえ。

 蕪木統文の「はうはう」(GA文庫、590円)は、自転車が宙を舞うくらいの交通事故に遭遇した犬治という名の深淵少年が、ふと目ざめるとなぜか右手がケルベロスになっていたからびっくり仰天。何しろ地獄の番犬だ。1匹の頭は何でも燃やしてしまえるし、別の頭は何でも凍らせたりできる魔力を秘めている。取扱を間違えれば、自分だけでなく周囲の人たちの命にだって関わってくる。

 おまけに残る1つの頭は、暗くて暖かくてジメジメとした場所が大好きというから困ったもの。ケルベロスを手に仕込みながらも不断は普通の手になっているからと安心して、犬治は学校へと行ったものの、同級生でどういう生い立ちからか「昭和」が大好き、クラブを作って昭和らしいものを探求している芳岡美帆という少女のが寄ってくると、目ざめ頭を出しては美帆のスカートの下にある三角形の布切れの、さらに中側へと頭を突っ込んでは息を”はうはう”させる始末。

 その”はうはう”がケルベロスだとは気づかない美帆は、犬治が自分から手を突っ込んでは”ウハウハ”しているんだと勘違いして身もだえするし、どこからともなく現れたケルベロスの飼い主らしいジョミという名の少女は少女で、犬治の家に居候しては犬治をケルベロスの尻尾扱い。それだけでも異世界からの押し掛け女房的な存在によるドタバタラブコメ物として成り立ちそうな「はうはう」に、作者はもう1枚のアイディアを載せて来た。

 そもそもどうして犬治の腕がケルベロスになってしまったのか。といより犬治はケルベロスの尻尾になってしまったのか。聞くと事故に遭った際に犬治はトラックの積み荷にあった羊の皮の絨毯に激しい血を流し、それが血文字となって悪魔との契約を成立させてしまったらしい。生きのびたい。そんな願いにいずこともなく現れたケルベロスが、死体安置所へと運ばれるくらいに死んでいた犬治の手にとりついて命を救った。

 おまけにどうやら契約は、ケルベロスとは別にもう1つ成立しかかっていたらしく、契約を履行させようとして別の悪魔が現世へとやって来る。とてつもなく美麗な姿で登場しては、人々を快楽の頂点へと導き命を奪い取りながら、契約相手の犬治を取り込もうと策を巡らせる。

 美帆が犬治との会話の中で、昭和らしさの象徴として話したカマキリの卵を放っておいたらどうなったのかという恐怖体験(それのどこが昭和っぽいのかは不明だが)とも重なる悪魔の所業。そのおぞましさに立ち向かうケルベロスと尻尾にされてしまった犬治のペア。契約をうち切られればそのまま死体袋へと逆戻りだけど、契約したままではずっとケルベロスの尻尾のまま。そんな数奇な運命を背負わされた犬治の未来や、如何に?

 終えるとコミカルな押し掛け女房的展開の裏側に、命の関わったシリアス極まりない展開があって、その上でケルベロスやら飼い主の悪魔少女や、昭和萌えな美帆の存在がある。さらには犬治の双子の姉だか妹で、性格はやや凶暴極まりない少女がいて、悪魔に妙に詳しい犬治の同級生の登場もあってと登場するキャラクターも実に多彩。そんなキャラたちに支えられて、設定から受ける印象よりも奥深いドラマを楽しめる。

 シリーズ化された場合には、まき散らされた大量の血で作られた契約書に従って、別の新たな契約者が現れては、犬治とケルベロスのペアに挑んで来る展開が繰り広げられるのか、それともいったんは取り戻した平穏の中で、キャラクターたちによるドタバタとしたラブコメが繰り広げられるパターンへとはまっていってしまうのか。

 たとえ後者のようなおきまりの展開へと向かったとしても、深い造型を持った多才なキャラクターたちがいるだけに、工夫次第で他の設定が似た作品よりもぬきんでていくことは出来そう。前者なら出てくる悪魔の造型に興味も膨らむ。期待して続編を待ちたいもの。

 ところで”はうはう”好きのケルベロスのメータイが、何故にそんな場所での”はうはう”が大好きなのかがひとつ知りたい。ついでにメータイが”はうはう”している時に、犬治はどんな感触を得ているのかを体験したい。

 やわらかい? しめってる? あたたかい? うらやましい。


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