ハーレムイヤッ!!

 モテたことがない人間にとって、モテるということが招き寄せるさまざまな事態が、果たしてどういったものなのかを理解する術はない。理解できるとしたらそれは、モテる人間に対する嫉妬羨望の感情くらいだが、それもモテたいという感情があってこその裏返しの心理。はなから諦めきっている人間にとっては、遠い場所で吹いている嵐程度の認識しか湧かない。

 というのは単なる強がりで、モテられるものならモテてみたいものだというのは世間の常識、宇宙開闢以来の真理以外のなにものでもない。ましてや相手は理知的で美麗なお姉さまに、快活で可憐な妹タイプの美少女たち。モテて嫌なはずはなく、モテる相手が嫌味な存在に見えるのも必定だ。

 だから水鏡希人の「ハーレムはイヤッ!!」(電撃文庫、630円)に出てくる主人公の上月慧という少年が、下駄箱に蛙やら呪詛がしたためられた手紙やら、藁人形やら何やらかにやらを放り込まれるというのも当然の仕打ち。また彼女たちを紹介しろ、話をさせろと仲介を依頼され、俺が知ったことかと困惑するのも仕方がない。

 なおかつそんな上月慧が、モテまくってハーレム王とまで呼ばれる境遇を、あまり嬉しく思っている風でないところもな、おいっそうの反感を呼ぶ。だってひとりは1学年上の生徒会役員だよ。そして同級生ながら雑誌などでモデルとして活躍している美少女だよ。そんな2人の誘いを無碍にするように、慧はクラスメートの初穂詩織という少女に気持ちを向ける。何とも腹立たしい。

 もっとも、当の詩織は男女関係どころか人間関係にもカチカチの性格で、同性にすらあまり友だちがおらず、いつもひとり図書館に通ったり、中庭で文章を書いていたりする。そんな詩織に慧が声をかけようとすると、周囲からハーレム王扱いされる慧を良くは思っていないのか、詩織は振り向きもしないで、慧を暗澹とした気分にさせる。

 そうこうしているうちに、生徒会役員で学園きっての才媛で、誰からも敬愛される響徳寺綾乃も、モデルとして活躍している有坂美柚も慧へのまとわり具合を強めつつ、互いの存在を関知してを牽制し合うようになる。間に入った慧は大変。なおかつ綾乃や美柚の強まるアプローチに、周囲の男子たちはに同級生も上級生も慧憎しの情念を燃やし、呪いの贈りものの度を超えて、サッカーボールをぶつけたり、体育倉庫に閉じこめたりと物理的な妨害に打って出る。

 普通だったらそこから物語は、巻き込まれ系主人公にしか見えなかった慧が、外野から両手を引っ張られ、一方で男たちから恨みを買ってもみくちゃとなるなかで、詩織への純愛を貫こうとしてあがくラブコメディになっていくだろう。ところが「ハーレムはイヤッ!」は予想を大きく覆し、意外すぎる方向へと向かっていく。

 どうして慧は綾乃にも美柚にもなびかないのか。そして綾乃はどうして慧の着崩れた制服を直し、美柚は単なる幼なじみ以上の強さで慧に迫るのか。それにはしっかり理由があった。綾乃と慧、そして慧と美柚との関係に、意外性があってシリアスな関係が配されてあって、状況をコミカルではなくリアルでシリアスなものとして成り立たせる。その上で、人間関係に配慮して公言できない慧だけが、ひとり嫉妬羨望の害を被り続けるという、当人にとってはシリアスで、端から見ればコミカルな状況を作り上げてみせる。

 何という巧みさ。どうして互いに紹介しないのか、といった疑問も立つけれど、そこはそれぞれに事情もあって、おおっぴらには言いづらいもの。間に挟まる形になっている慧の母親にしても、己の過去なり身内の恥をさらしたくはないというのが心情で、そこから理解と誤解の渦が巻き起こって、慧を右往左往させる。

 そんな四面楚歌状況に陥った慧の、羨ましがられそうで実はとてつもなく大変な状況を見せつつ、読者を楽しませつつ、そこから少しづつ真相をひとつ、またひとつと明かし、その上ですれ違いと誤解の満載なコメディも入れつつ、純愛も描いて感動へと持っていこうする「ハーレムはイヤッ!!」。決して仕掛けと種明かしによって面白がらせるだけでなく、土台となっている秘密が公言されていない状況で、慧だけが右往左往するシチュエーションは堅持した上で、楽しめるドラマに仕立て上げている。

 1巻きが終わって、誤解は埋まらず理解はされず、けれども半歩だけ詩織には近づけた慧のこれからの運命は。綾乃と美柚とのライバル関係はの行く末は。さらにハーレムへと加わる美女たはいるのか。ひとりいそうだが果たしてどうなるのか。次々に浮かぶ興味が次の巻へと感心を誘う。もっとも新たな意美女を加えようものなら、慧への嫌がらせはさらにエスカレートしていきそう。耐えられるか。見守りたい。同情はしないけれど。

 この入り組んだ面白さは、テレビドラマ化に向いていそう。脚本づくりは大変だけれど、そこに工夫をこらして10話くらいのドラマを作って、次から次へと美女に美少女が現れ、関係に嫉妬させられ、謎が明かされ驚かされ、そして降りかかる災難を慧が乗り越えていく姿に喜ばされるドラマになりそう。モテるだけの大変さを描いた「モテキ」よりも、そこには奥深いドラマを描ける素材がある。脚本化と演出力に自信があるテレビ局のプロデューサーは、読んで企画書を書いて版元に送って許可を取っ映像化に突き進め。


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