博多豚骨ラーメンズ

 博多こわい。福岡市おそろしい。

 そんな先入観を持ってしまうくらいに昨今、福岡を中心にして暴力団の抗争が続いていて、やれ組事務所に銃弾が打ち込まれただの、やれロケットランチャーが押収されただのといった物騒な話が流れてきては、いったい福岡市とはどんな場所なんだろうといった具合に、同じ九州にあるテーマパークの「ハウステンボス」とは違ったニュアンスの好奇心を誘い出す。

 とはいえ、のぞき見気分で行ったら最後、駅を降り立ったとたん銃撃戦に巻き込まれ、ラーメン屋に入れば、店主がカウンター越しに包丁を持って襲いかかって来て、逃げ出した繁華街では、ゴージャスなドレスを着た美女たちがハニートラップを仕掛けてきて、それもかわして逃げ込んだ交番では、闇の組織に買収された警察官が腰から抜いた拳銃をつきつけ「ホールドアップと」と博多弁で話しかけてくる……。

 なんてことはないだろうけれど、そんな想像がふくらんでしまうくらいにワイルドな博多なり福岡市の印象を、さらにワイルドにしてしまう小説が登場した。木崎ちひろによる第20回電撃小説大賞の大賞受賞作は、その名も「博多豚骨ラーメンズ」(アスキー・メディアワークス、550円)といって、はるばる東京から福岡へとやって来た元高校球児のサラリーマンが“博多豚骨ラーメンズ”なるものにめぐりまうまでを描いたストーリーになっている。

 それのどこが福岡の恐ろしさを描いているのか? ただの福岡グルメ旅行記ではないのか? 違うのだ、描いているのだ、博多や福岡市の恐ろしさをとことんまで。

 斉藤という名字のサラリーマンは殺し屋で、仕事をミスして左遷させられた福岡市に入って、さっそく1人殺して来てよと上司に言われて出向いた先で出会ったのが、同じ相手を狙う復讐屋。殺せと言われた相手と自分を勘違いして連れ出された斉藤は、そこはしのいだものの、なぜか自分がちゃんと仕事を果たしたことになっていて、振り込まれた成功報酬で気を大きくしてどんちゃん騒ぎをした先で、へべれけになって気が付いたら今度は女性を犯して殺す連続殺人犯に仕立て上げられていた。

 そして斉藤は、自分が殺したことになった少女の恨みを晴らそうとする林憲明という殺し屋に、またしても追われるはめになるものの、その林憲明も別に市長の闇を暴こうとする馬場善治という私立探偵を殺せと言われ、金をもらわなければ殺さないと逆らったら別の殺し屋に頼むからいいと言われたことに腹をたて、自分の代わりの殺し屋を撃退するべく馬場の事務所に入り込んでは、やって来た殺し屋を撃退する。

 そんな裏切りを怒って雇い主は、殺し屋の林憲明を殺そうと殺し屋の組織に依頼をして、巨漢の殺し屋が派遣されて来て殺し屋の林憲明を殺そうとして返り討ちにあって殺されたりと、もう何を書いているのか分からなくなるくらいの殺し屋たちのオン・パレード。どうやらこの世界では博多の人口の3%が殺し屋だそうで、道を歩いて100人過ぎればそのうち3人が殺し屋というから、いったいどんな街なんだとだと怖気も振るう。

 なおかつさらなる恐怖が。「にわか侍」と呼ばれる奇妙な仮面を被り手に日本刀を持った“殺し屋殺し”が福岡市の裏社会のさらに裏側を跋扈しては、やみくもに殺しをするような行儀の悪い殺し屋を退治しているらしい。その正体は謎。見たら生きては帰れないという都市伝説に等しい存在を背後に抱きながら、殺し屋たちが殺し殺されていく展開が「博多豚骨ラーメンズ」という物語の上で繰り広げられる。

 凄惨といえば凄惨だけれど、読んでいたたまれない気分にはならないのは、真っ当に生きている人間が殺されるような場合が比較的少ないから。弱い者を集団で殴って死なせた大学生たちや、動物をさらってきては切り刻んだ高校生、殺し屋に戦いを挑んで返り討ちにあった殺し屋といった具合に、悪いやつらが正義の鉄槌のもとに始末されている感じがある。それがストーリー上で1本のしっかりとした筋となっているから、読んでいて溜飲が下がる。

 もちろん非道な場面はゼロではなくて、福岡市長の犯罪を追いかけていた刑事が自殺に見せかけて殺されたりもする。ただ、その意志を継ぐようにした同僚の刑事の依頼で、もじゃもじゃ頭をした探偵の馬場は動いて、それで市長を守る殺し屋に狙われ殺されそうになったところで、中国から来た林憲明という美少女に見えて実は男という殺し屋と知り合い、市長の息子の女性殺しの罪をなすりつけられた斉藤と出会うことになる。

 そこから、行き過ぎた殺しを諫める「にわか侍」の登場へと向かっていく展開を読むにつけ、勧善懲悪とは言わないまでも、闇なら闇ならではの任侠道に準ずる痛快さがあって、読んで胸くその悪さを感じないでいられる。

 あとは、登場するキャラクターたちがそれぞれに生き生きと描かれていて、その言動に引きつけられるということも読みやすさの大きな要因になっている。危地にありながらもひょうひょうとした態度を変えない馬場に、いつも自信満々でいる美貌の林憲明、どこか不安げな斉藤に、オカマの美容師で復讐屋のジロー等々、誰もが何かしらの“取り柄”を持って、殺し屋たちが跋扈するワイルドな街を生きている。その生き様がどこか格好いい。ヘタレの斉藤を除いて。

 市長を守る殺し屋たちも含めて多士済々の殺し屋たちが、重なり合って関わり合い、殺し合って殺され合う展開の果て、幕を閉じる舞台に果たして立っているのは誰なのか? それは読んでのお楽しみ。最後の最後にもう1つ、どんでん返しのような展開があるけれど、これはどこかに続くのか? それより何よりあれだけ殺し屋が殺されてもまだ殺し屋殺しの物語として続けられるのか? そこは人口の3%、全体が22万人としたら6600人の殺し屋がいる博多だけに、終わらないし終われない。這々の体で“博多豚骨ラーメンズ”にたどり着いた斉藤も含めて、それからの物語をこれは期待しないではいられない。

 同じ電撃大賞から「バッカーノ!」(電撃文庫)でデビューした成田良悟から感じた、大勢が関わり重なるようにくんずほぐれつしながら物語が進んでいき、1つの帰結にたどり着いてああそうなのかと歓喜する興奮を、いま一度味わわせてくれる新人の登場を喜びつつ、だからこそ成田良悟の大活躍をふまえた飛躍を、木崎ちあきにも願いたいところ。そのためにはまずは書き続けることが大切。何しろ福岡市在住だ。闇を暴いたその筆を潰そうとする殺し屋の襲撃をかわして生き延びろ。


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