幻想グリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ

 ゲームの世界に感覚ごと入り込んで、実生活では体験できない冒険や戦いを繰り広げるといった物語なら数多ある。全世界で1600万部以上を売上げたという川原礫の「ソードアート・オンライン」シリーズがその代表作とも言えるし、それ以前も柾悟郎が小説「ヴィーナス・シティ」にゲーム内で自在に動き回る人々の物語を描き、内田美奈子が漫画「BOOMTOWN」に同じような世界をビジュアルにして見せている。

 「マージナルオペレーション」シリーズの芝村裕吏による「セルフ・クラフト・ワールド1」に至っては、ゲーム内で自己増殖する人工生命を奪い合う謀略が絡んで、リアルワールドとバーチャルワールドが分離せず、裏表のような存在として描かれている。現実世界を捨てた人たちが、記憶を情報化して電脳の世界に暮らすようになる長編アニメーション映画「楽園追放 Expelled from Paradise」もあった。カテゴリーとして幅は広がり、そこで様々な模索が繰り広げられている。

 2016年1月にスタートしたテレビアニメーションにもそうした、ゲームの世界を実体験するような作品が登場した。原作となっているのは「薔薇のマリア」や「サクラ×サク」の十文字青による「灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ」(オーバーラップ文庫、640円)から始まる小説のシリーズ。その原作を読んだり、アニメを見たりして気になるのは、舞台がゲームの中なのか、それともいわゆるファンタジー調の異世界なのかが明らかにされていないことだ。

 少年が目覚めるとそこは暗い部屋。起き上がって外に出ると、男女が入り交じった若者たちが立っていた。その誰もが自分はどこから来て、過去にどういう暮らしを送ってきたのかといった記憶を持っていない。覚えているのは名前だけ。ハルヒロという名前だけ思い出した少年は、そこにいた若者たちと辺境義勇兵団の事務所に連れて行かれ、そこで全員が見習い義勇兵からスタートし、周辺に現れるモンスターを狩って金を稼いで正規の義勇兵に昇格する必要があると教えられる。

 見知らぬ場所でいきなりそう言われて、驚くなという方が無理だけれど、不思議と誰もが状況を受け入れてしまう。そして、一部は強そうな者だけを選んで連れて行き、モンスターを仕留めて正式の義勇兵へと昇格していった。ハルヒロはそのチームには入れてもらえず、残ったメンバーでチームを組み、その中にいたマナトという聡明そうな少年をリーダーにして、グリムガルと呼ばれるらしいその世界での生活をスタートさせる。

 グリムガルでは誰もがギルドに所属する必要があって、ハルヒロはマナトの助言もあって盗賊を目指すことにして、バルバラという美女に師事し、初心者の盗賊としてのスキルを身につける。マナトは治癒魔法が使える神官になり、ほかにも魔法使いや狩人、戦士、そして暗黒騎士という変わったギルドに所属したランタという少年も含めたパーティーで、要塞都市の周辺に現れるモンスターを狩り始める。

 モンスターを狩って金を稼ぎ、それで新しいスキルを学び、より強力な武器も揃えて強くなって、さらに強いモンスターに挑んで大金を稼ぐようになっていく。そんな日々に直面したハルヒロたちの口からふと出た言葉が、「まるでゲームのよう」といったものだった。もっとも、ハルヒロたちにはゲームとは何なのかといった知識がなく、すぐに忘れてモンスター相手の慌ただしい日々に追いまくられる。

 他にもケータイといった具合に、ハルヒロたちにフッと浮かぶ現実の世界を思わせる幾つかのワードから、グリムガルという世界はもしかしたらゲームの中なのか、といった想像が浮かぶ。もっとも、記憶が制御されているからか、言葉が浮かんでもそこから想像を広げて真実に迫るといったことができなくなっている。そんなハルヒロたちにとって、モンスターに反撃されれば傷つき、ひどければ死んでしまうこともあるグリムガルは、リアルな現実以外のなにものでもない。

 戦えば死ぬかもしれないけれど、戦わなければ生きていけない世界で、誰もが必死になって自分の能力を高め、自分の何が求められているかを考え行動していく姿に、生きることは大変なんだと改めて思い知らされる、そんな物語になっている。一方で、グリムガルという世界を超えた場所、グリムガルに生きているのとは違った自分を想像させる描写もフラッシュバックのように挿入され、どこかへ?がっているのかもしれないといった可能性を感じさせる。

 シリーズは、アニメの放送時点で最新巻の「灰と幻想のグリムガル level.7 彼方の虹」まで刊行されていて、その中でハルヒロたちは成長し、舞台となっている世界も広がりを見せています。そこに至るまでにでハルヒロたちは、歓喜や慟哭を経験しながら、グリムガルという場所で文字通りに必死に生きている。冒頭、グリムガルに現れた時にも増して過酷な境遇に陥っているハルヒロたちが、これからどのような経験をして、真実めいたものを暴き、どこにたどり着くのかを最後まで追いかけてみたい。追いかけなくてはならない。そう感じさせるシリーズだ。


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