コスプレ幽霊 紅蓮女

 おーっと青コーナーから登場したのは闇の世界から怨みを晴らしに蘇った触れ込みのコスプレレスラー「紅蓮女」だ炎に焼けてただれた顔にあちらこちらが焦げた衣装という出で立ちで照明の消されて足下の灯りがわずかに灯る客席の間をゆっくりと歩いてリングへと向かっているぞ何とも恐ろしいビジュアルだ口裂け女なんて足下にも及ばない風体だ一目見ただけで幼い子供は恐怖に駆られて3年はひとりで夜にトイレに行けなくなるぞ。

 おーっと危ない観客が近寄りその前に立ちはだかったぞ紅蓮女の熱烈なファンなのか違う紅蓮女が今宵のリングで対戦するトイレの花子さんの親衛隊だ手にトイレを掃除するデッキブラシを持って紅蓮女に挑みかかったぞ危ない殴られるぞ紅蓮女いや待て何かを取り出したぞおおこれは紅蓮女の”脅人48手”のひとつ「紅蓮闇蛍」だ手の上にぼわっと浮かんだ炎が人魂のように乱舞して相手を脅すぞ恐ろしいぞただのマッチを使った芸なんだけっど長い訓練の賜として会得した技だから誰も見破れないぞ暗いところで見れば誰でも人魂かと思うぞ。

 それでもひるまない観客ださすがは都市伝説レスラーでも最上級の美貌で知られるトイレの花子さんの親衛隊だしつこいぞ逃げないぞ手に手にデッキブラシを振り上げ紅蓮女へと迫るぞおおっ今度は「紅蓮炎舞」だ指先から放たれた炎が相手に向かって一直線だまるで指先から炎の弾丸を発射したみたいだぞ親衛隊も驚き慌てて逃げ出したぞこんなのは訓練したて会得できないぞすごいぞ紅蓮女はやっぱり本物の怪物だったのだ。

 ノーッ違うぞこれもやっぱり長い訓練の賜だ怨念のなせる技だ単に頭に刺した重みを付けた特製マッチを抜いて首筋で擦って投げただけなんだけどあまりに早い動作で見破れないぞ流石だ紅蓮女凄いぞ紅蓮女日頃の鍛錬も十分だ三十路で女教師で学校で生徒から呆れられ同僚からは見放され上司からは疎まれている日頃の怨みを紅蓮女の姿にこめて晴らそうとする想念の賜だ食らった観客もこれはたまらない顔をおさえてうずくまったその横を紅蓮女が悠然と歩み去ってリングに到着さあ試合だゴングだ。

 おおっといきなりの大業だ「紅蓮爆連弾」だ火薬を仕込んだマッチを投げる必殺技だ失敗すると指先も吹き飛ぶ危険な技をいとも軽々とやって見せる紅蓮女の紅蓮女という姿にかける想いが危険を顧みず練習に励ませ遂に会得させたのだ素晴らしいぞ紅蓮女頑張れ紅蓮女口裂け女も田舎に伝わる人身御供の風習も呪いの手紙も三十路の女を可愛そうにも脅す電話男のストーキングも倒してあらゆる都市伝説を葬り闇の世界の頂点に立つのだでもやっぱり学校では虐められ恋する同僚は奪われる冴えない三十路の女教師だ想い人にはすでに恋人がいるのだ告白しても無駄なのだ泣くな紅蓮女夜だけはお前が女王様なのだから。

 という話だと思って読むのが案外に正しかったりするのかもしれない上甲宣之の「コスプレ幽霊 紅蓮女」(宝島社、1143円)。辺倉史代という三十路の女教師が、冴えない暮らしの鬱憤を晴らすため、ネットを使い噂を口コミで徐々に広げてまったく新しい都市伝説としての紅蓮女を成り立たせてしまうプロセスは、マスメディアを使わないで何かを流行させる手法を考える上でのひとつのヒントになりそう。もちろんそんなネット発の噂をリアルな存在として定着させる上で、主人公の女性が実際にとった行動の執念深さも忘れることはできないのだが。

 紅蓮女を紅蓮女たらしめているのが炎を使った多彩な技の数々。火をともしたマッチを回転させて火を丸くする「紅蓮炎舞・暴流」とか、特製のマッチに火を付け竹とんぼの様に回す「紅蓮炎舞・輝蝶」なんて技はただ訓練するだけでなく、それを行うために道具などの準備も必要。楽しいこともしないで家にこもってマッチを取り出し花火も仕入れ火薬を削り武器にした上で使いこなせるまで訓練を繰り返す。火傷もしただろう。夜を徹しての製作の日々も続いただろう。そこまでして紅蓮女で在り続けたいんだと願う主人公の想いの強さに、可笑しさとは別の同情の涙が目尻ににじむ。

 かくして出現した新たなる都市伝説紅蓮女だが、その存在が知られているのは書物を読んだ人たちの間だけ。口裂け女と同様に永遠の存在となるためには、辺倉史代と同様に街へと現れ数々の紅蓮炎技を披露し続ける必要がある。漫画やアニメのキャラクターを実在の存在へと昇華させ、人々を驚かせ自らを満足させる熱情に溢れたコスプレイヤーたちにとっても、これほど興味をそそる素材はないだおる。メイクと衣装だけなら簡単に作れてもそれだけでは至れない存在、果てない訓練と道具を作り炎を操る器用さも求められる「コスプレ幽霊 紅蓮女」に挑む勇者よ、出よ。


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