ゴールデンカムイ

 「冒険手帳」という本があって、ボーイスカウトやその下部組織にあたるカブスカウトで一種のバイブルとして読まれていた。書かれているのはアウトドア生活の送り方。といっても今時のガスコンロだのガソリンストーブだのといった道具は登場しない。

 岩を積み上げかまどにしては薪を重ねて火を着け調理する。その食材も動物を捕らえて毛皮を剥ぎ、内臓を取り出し肉をより分けて作り出す。読めば鶏や兎といった動物たちをどうさばき、どう調理すれば食べられるようになるかが、読めば分かるようになっている。

 もっとも、分かったところでボーイスカウトやカブスカウトに実践する機会など訪れない。普通にアウトドアを楽しんでいるキャンパーにも、そんな機会はまずやってこない。そもそも狩猟が行える人も場所も限られている中で、動物のさばき方やらビバークの仕方やらいかだの作り方やらを覚えたところで何になる?

 それは分からない。いつか文明が崩壊して日本が、あるいは世界が森に覆われるようになって人類は、そこに現れた動物たちを相手に戦い弱肉強食の掟の中を生き延びていくことになるかもしれない。そんな事態に「冒険手帳」は大いに役立つし、野田サトルの漫画「ゴールデンカムイ」(集英社、第1巻−第6巻、各514円)はもっと役立つ。厳冬の北海道を舞台に動物たちを狩り、獲って食らい生き延びるための方策が描かれているから。

 日露戦争でも最大の激戦地といわれた二〇三高地で戦い、生き延びた杉元佐一という男が主人公。首を銃弾で穿たれ、全身を銃剣で削られ深い傷を負いながらも死なず、生きて帰国した彼はいつしか「不死身の杉元」と呼ばれるようになっていた。もっとも世に知られた英雄とはならず、除隊して故郷の北海道で一攫千金を夢みて砂金探しをしていた彼に、知り合った男がある話をした。

 それは、アイヌがいつか日本人に反攻するためにと溜めていた金を強奪した男がいたというもの。アイヌを皆殺しにした男は捕らえられて網走監獄に入れられたけれど、そこにいた囚人たちの体に墨を入れ、金塊の在処を示した上で脱獄させたという。何とも荒唐無稽な話。もっとも、酔ってその話をした男が、醒めて杉元を殺そうとしたこと、その体に入れ墨があったことが杉元に話の信憑性を確信させた。

 反撃されて逃げた男を追った杉元は、山の中で男が埋められている様に遭遇する。掘り出すと男は死んでいて内臓が食われていた。どうやら熊に襲われたらしい。なおかつ杉元は、その男こそが入れ墨を入れられた脱獄囚のひとりだと知る。これは捨ててはいけない。そう思っていた時に熊が現れ杉元を追い詰めるけれど、そこにひとりのアイヌの少女が現れ杉元を助け、さらに男を殺して埋めた本当の熊との戦いにも協力する。

 アシリパという名だったアイヌの少女に杉元は、入れ墨の男が何を意味しているかを話し、いっしょに金塊を探そうと持ちかける。偶然にもアシリパの父親は、金塊を奪われた際に殺されたアイヌのひとりで、杉元の話を信じていっしょに行動するようになる。

 そんな2人を冒険を描いていく「ゴールデンカムイ」のどこが「冒険手帳」なのかというと、行く先々でアシリパが猟をして、仕留めた獲物をそこ場で調理して食らう描写にしっかり手順が示されているからだ。

 リスなら皮を剥いて内臓は内容物をしごきだした上で丹念に洗う。胆嚢は苦いからと取り除いた上で全体を骨ごと叩いてミンチにする。それを生で食べるも良し、鍋で煮てつみれ団子のように食うも良し。チチタプというミンチにする前に頭を開いて脳みそを食らう描写もあって、そういう食べ方も可能らしい。

 もうひとつ、重要なのは食べて美味ければ「ヒンナヒンナ」と口にすること。アイヌでは食べ物に感謝する時に出す言葉らしい。そう。この「ゴールデンカムイ」では明治の末期に北海道の山野に暮らしていたアイヌの人たちの習俗や言葉や信仰めいたものが細かく正確に描かれていて、彼らの文化に深く分け入ることができる。

 研究者に取材して描き、それでも誤謬があったら単行本かの際に直す手間を惜しまないで正しくアイヌのことを描いていたことが、時に間違いを助長すると非難も起こる日本人によるアイヌの描写に、むしろ好意を抱かせる結果となっている。文化人類学であり民俗学を学べる漫画だとも言える。

 本筋となる黄金探しは、入れ墨を持った囚人たちを引き寄せては模様を写していく中で、殺害されたり逃げられたり、その後に仲間のような立場になったりとてつもない凶悪な人物が現れ殺されそうになったりといった展開が積み重ねられていく。巨漢の柔道家もいれば美貌を誇るホテルの女主人もいてと、多彩な囚人たちを相手に杉元とアシリパが、どう挑みどうやって模様を手に入れていくかが読みどころとなっている。

 金塊を追う勢力には、陸軍の中に構築された反乱を企む面々もいれば、箱館戦争で死んだはずなのが生きていて、今なお最強の剣を振るう土方歳三を中心とする凄腕の集団もいてと強敵ばかり。さらには網走監獄にいる強奪犯の正体も明らかにされて、杉元とアシリパの冒険により大きな理由をあたえる。

 進まざるを得ない道。そこに立ちふさがる敵たち。どうしのぎどう戦い、あるいは協力関係も構築しながら進んでいくのか。春へと向かう北海道で何をどう食らうかも含めて、先がまだまだ楽しみだ。


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