月光スイッチ

 孤独でいることと、自立していること。似ているようで、まるで違う。

 どちらもひとりでがんばることだけど、孤独はどこまでいってもひとりきり。自分だけがという気持ちがつよすぎて、誰ともまじわることがない。自立はできることはひとりでやるけれど、できないことがあったら誰かに頼ることを知っている、そんな生き方をしている人のことだ。

 そうわかってはいても、孤独はなかなか簡単には自立へとは変わらない。孤独の寂しさを噛みしめるだけでは、そこにとどまり埋もれていってしまう。だから見るしかない。自立している人たちの生き方を。知るしかない。どうやって自分の足で立つことを身につけたのかを。

 橋本紡の「月光スイッチ」(角川書店、1300円)には、そんな自立した人たちが出てきて、道を示してくれる。主人公は香織という女性。彼女にはセイちゃんという好きな男性がいて、けれどもセイちゃんは結婚していて奥さんがいて、妊娠していてもうすぐ出産で北海道に里帰りしている。

 つまり、香織とセイちゃんがつき合っているのは不倫という訳。おまけに香織は、奥さんがいない1カ月とちょっとの間、セイちゃんが大家になっているマンションの1室に移り住んで、かりそめの新婚生活をはじめてしまった。

 うれしいはずなのに、誇らしいはずなのに香織は、セイちゃんのマンションでいっしょのベッドに横たわれなかった。セイちゃんの奥さんがいたベッド。いまはいないけれどもいつかは横たわっていて、そしてこれからも横たわる。そう思うと身体がこわばった。そして押し入れにひきこもった。

 セイちゃんは、香織のそんな気持ちをいたわろうとしたのか、それとも変わったことをしているなあと思ったのか、わからないけれども押し入れに入り込んで、香織と身体を重ねる。ひきこもっていてもひとりきりじゃない。孤独ではない。そう香織は信じていたのかもしれない。

 だから、集金に向かうセイちゃんによりそって、マンションに暮らすさまざまな人たちの家へとたずねていく。まずは大柴さんの部屋へ。元会社員で、前は奥さんと子供がいて海外で働いていたこともあったけれど、今はひとりで暮らしている。

 海外にいたときに奥さんが病気でなくなって、それなのに日本へと戻れず、奥さんを看とれなかった。それが息子を怒らせた。就職して銀行員になった息子は家から離れ、父親を許そうとはしないまま、遠くで家族と暮らしている。大柴さんはだからひとりで、ひとりなんだと自覚して生きている。

 町野さんは15匹の猫と暮らしている。アパレル会社の広報を定年まで勤めあげて、今は捨てられた猫を助けても引き取ってくれる人を見つける運動にたずさわっている。彼らしい人はいて、インドで織物の勉強をしている。離婚した夫もいてときどき手紙を送ってくる。それを読んで返事をして、猫をひろって育てながら毎日をしっかりと生きている。

 そして吉田さん。むかしつき合っていた彼がいて、その彼にはもうひとりつき合っている女性がいて、彼をはさんで吉田さんともうひとりの女性は競い合って子供をつくろうとして、2人とも妊娠できたけれど、少しだけはやく告白したもうひとりの女性が彼を得た。

 吉田さんは子供を堕ろさず、産んで育てて今はセイちゃんのマンションで娘のハナちゃんと2人で暮らしている。そのハナちゃんがある日、きれいなワンピースを着てマンションからどこかに出かけようとしていた。みとがめた香織はハナちゃんを問いつめ、母親のドレッサーから見つけた手紙の住所にいるお父さんを、たずねようとしていたことを知る。

 8歳にしかなっていないハナちゃんでも、自分で決めて自分の足で夢に近づこうとしている。香織がコンビニで出会った睦月君は、アルバイトしながら路上で一所懸命に歌を唄っているし、その姉の弥生さんも自立した大人だ。ただ香織だけがセイちゃんの抱擁に甘え、依存して生きている。セイちゃんには本当に好きな人がいて、その人には代われないんだとわかって、押し入れで孤独にふるえている。

 お父さんの家を前にして、あしぶみをしたハナちゃんに「ここで自分を誤魔化して逃げ出すのは卑怯だよ」と香織は叫ぶ。その叫びはすぐに自分に突き刺さる。セイちゃんが好きで、セイちゃんも自分を求めてくれている。でもそこに自立した人間どうしの関係はない。毎晩かかってくる奥さんからの電話をよろこぶセイちゃんの姿に、押し入れの闇から届かない手をのばしているだけだ。

 大柴さんや町野さんや、吉田さんや睦月君との出会いを重ね、ハナちゃんとの道行きを 経てそして決定的な出来事を経験して、香織はきっと、自分がとてもと孤独なんだと感じただろう。町野さんのように彼を認め、彼も町野さんを慕いながらそれぞれの人生を歩みたい、吉田さんのように敗北を知り、そこから立ち上がっていきたいと思っただろう。

 でも、香織はまだ迷っている、さいごまで迷いつづけている。それでもべつにかまわない。孤独を知っただけでも成長だ。決めるのは香織自身。そして読者自身。孤独の闇からのばした手に触れるてくれる救いの手は、きっと温かくって心地よい。でも、その手が闇からいずか自分を引っ張り上げてくれると、信じて生き続けるのはとてもさびしい。

 だから出よう、孤独の闇から。そして歩こう、自分の足で。


積ん読パラダイスへ戻る