外法陰陽師 第1巻−第3巻

 陰陽師と言えば、地相風水星辰の類をよく知り、式神妖怪怨霊の類を操る恐ろしい奴、という印象がかつてはあったりしたけれど、それが今では知る類、操る類は以前とそれほど大きく変わってはいなくても、恐ろしさはまるでなうなり、白面の貴公子然とした美貌で圧倒的な力を駆使し、敵をうち倒し正義を貫くスーパーヒーローとして捉えられ、もてはやされていたりする。

 これはひとえに夢枕獏の小説「陰陽師」のシリーズと、それを原作にした岡野玲子のマンガの大ヒットによるもので、とりわけ岡野の描く細面で切れ長の目をして常に笑みを絶やさない、神秘的で超絶的な風貌をした安倍晴明の絵姿が、ヒーローとしての陰陽師像に大きな影響を与えている。

 実際の晴明が美男子だったかと言えば、そうだとは断言できなかったりするらしいけれど、たとえ晴明がふくれた中年であってもまたはしなびた老人であっても、術を駆使して敵を討つヒーローとしての陰陽師といった、いったん広まり定着しかかっている認識は、晴明に限らずなかなか消えそうもないし、おそらくはこれからもずっと消えずに小説や漫画の中で描かれ伝えられていくだろう。その方が小説も漫画も評判を得やすいといったこともあるのだけれど。

 如月天音の「外法陰陽師」(1−3巻、学研、各660円)も、そんな美形陰陽師が登場しては大活躍するシリーズだ。とはいえ主人公の漢耿星は厳密に言ったら晴明や加茂保憲、鬼一法眼といった日本で発達を遂げた陰陽師たちとは出自が違うし、能力もケタ違いに違う。何しろ人ではない。その美貌と術を武器にして、唐の国を滅ぼしその後に興った五代十国の滅亡にも関わったと言われる一種の悪鬼が彼。その咎で太上老君に人の世で暮らすように命じられ、平安の日本へとやって来たのだった。

 京の都で耿星は、外法使いの陰陽師として都の片隅にひっそりと暮らしていた。人の世で暮らしても人と積極的に交わることが苦手なのか、滅多なことでは他人に関心を示さず、ときどき術を見せては評判を上げる程度の暮らしぶりだったが、そんな彼にもウィークポイントがあった。治安の決して良くない場所にある耿星の小屋に、臆さずまるで意に介さずやって来る藤原行成という貴族だけは、妙に苦手にしていたのだった。

 にもかかわらず耿星は、おしかけて来てはあれやこれ話かけて来る行成を、追い返しはせず話すががままにしていた。それだけでなく、行成の美徳でもある純粋さと裏腹にある猪突猛進ぶりが災いして、幾度となく危険に陥る行成の命を、見捨てず必ず助けてやる甲斐甲斐しさを示していた。

 そこまでする理由が名目的には耿星にはあって、太上老君から送り込まれた目付役の羅々というあやかしに、行動を見張られていたからだったのだが、一方でもしかすると行成の純粋さに、何か惹かれるところがあったのかもしれない。

 そんな行成の目下の懸案は、時の関白・藤原道隆が呪詛によって命を落とし掛けていることで、仮に道隆が死んだ場合、後を継ぐ可能性のある道隆の息子の伊周、弟の道兼のどちらにも問題があると見ていた行成は、道隆に向けられた呪詛を耿星に返してくれと頼むのだった。

 最初は鬱陶しがっていた耿星も、腐れ縁とでもいうのか、それとも天の定めた運命だったのか、押し切られる形で腰をあげたところから、藤原一族による関白の座をめぐる権力争いと、そして都の陰陽師たちの、とりわけ安倍晴明に敵愾心を燃やす蘆屋清高という播磨から来た陰陽師がめぐらせる企みの渦中へと引きずり込まれ、眠っていたその人外の力を炸裂させる。

 権謀術数の渦巻く宮廷や貴族社会での、権力を願い身内を強く思うが故に放つ貴族や女房たちのすさまじいばかりの情念のぶつかり合いに関する描写は、いつの世でも変わらない権力と栄達をめぐる醜いを思い起こさせて面白い。また行成から持ち込まれた事態を解き明かすために、女装して宮廷に近づき入り込んで史君という名を与えられたまでは良かったものの、その気高く美しい姿にてっきり女性だと思いこみ、見初めてしまった行成が示す、恋路での一直線ぶりも泣けて笑える。

 頼まれても仕事を持ち込まれても、自分からは積極的に動こうとしない耿星を相手に、怠け者と誹って尻を蹴り飛ばしては耿星の重い腰を上げさせる、9歳で童子姿に身をやつした藤原道長の娘、大姫の強情で一途でお転婆な様の何と格好良いことか。耿星の正体を気取りながらもそれをどうするでもなく、離れず付かずしながら成り行きを見守る安倍晴明の狡猾さも、美貌の天才陰陽師といったイメージばかりがもてはやされがちな中にあって、かえって新鮮に映る。生き生きとして独特なキャラクター描写がとにかく素晴らしい。

 そして術に技が飛び交う決戦のシーン。刊行された3巻が3巻ともにクライマックスで、蟲を使い人間を変化させて作り出した怪物をけしかけて貴族たちをおびやかす清高の技と、封印されてしまったのか唐にいた時ほどには思うにまかせない自分の人外の力に苛立ちながらも、最後には圧倒的なパワーを発揮する耿星との、激しくも凄まじいバトルシーンが繰り広げられて、いったいどうなるものかと読んでいて手に汗を握らされる。

 晴明との因縁から派生した清高の企みは、3巻でとりあえず段落がついているようだけど、耿星がどうして日本に来ていて、人に混じって力も術も使わずに安穏と暮らしているのか、または自分の本来の力を発揮できないのはなぜで、今れからいったいどうなってしまうのか、といった残された疑問、引き継がれた課題も少なくなく、是非に続刊の執筆・刊行を期待したいところ。新たな敵が現れるのか。それとも清高が蘇るのか。分からないけれどもそこは如月天声のこと、いずれにしても圧倒的なキャラクターを送り出しては、圧巻の物語を紡ぎ読ませてくれるだろう。陰陽師といえば漢耿星と言われる時代も近い、かもしれない。


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