フレイアになりたい

 デビュー作に作家のすべてがあるというのなら、それが受け入れられなかった人間は一生その作家についていくことは困難かというとそれは違う。すべてがあったとしても、それはダイヤモンドや金やウラニウムを含んだ巨大な岩がゴロンと転がっているだけの場合もある。粗雑過ぎると捨ててしまっては勿体ない。拾い削って磨き精製することによってとんでもない希少な宝が得られることだってあるのだ。

 だから集英社スーパーダッシュ小説新人賞で大賞を獲得した岡崎裕信の「滅びのマヤウェル」(集英社スーパーダッシュ文庫)が肌に合わず、放り投げてしまった人でも、そして続編でもやはり今ひとつ乗り切れなかった人でも、最新作の「フレイアになりたい」(集英社スーパーダッシュ文庫、571円)は迷わず手に取るべきだ。読めばそれが実に良いものだと分かる。素晴らしいものだと理解できるから。

 プロローグ。神野マヤウェル・シアーハーツなる人間というにはいささか超常的な力を持った女教師が現れて、風間瞳という本編の主人公にあたる少女に襲い掛かっては、抵抗した瞳の彼女の手足を易々ともぎ取り彼女を死の淵へと追いやる。ところが本編に入ると瞳は無事で、手足もちゃんとついた姿で登場しては、校内を女番長然として闊歩している。

 どうやらマヤウェルとの間に取引めいたことがあった模様だが、具体的には描かれない。何か超常的な力を持った一族の娘で、瞳とは同じ学校に通う若菜ミサキという少女を、守る役目を一族として背負わされた瞳が、その任務を果たしつつ一方では学園内に現れ異能の力を発揮する”神格能力者”なる存在を見つけ出す仕事を、マヤウェルから請け負わされていた。

 何しろ手足をもぎ取られる前から圧倒的な力を発揮して、学校内に君臨していた瞳のこと。新たな手足を得た今は人間相手ではまず無敵。片目を前髪で隠した「ゲゲゲの鬼太郎」のような髪形で学校内を巡っては、神格能力者はいないかと探して回っていた。そんな折。サッカー部を1人応援する桜井夕陽という女生徒が瞳の前に現れた。

 感じたところによれば夕陽には何やら力があるらしい。それが伝えられている「フレイア」と呼ばれる力だったならば、ミサキに降りかかっている残酷な運命を変えることだって可能だった。しかし最初のテストでは夕陽に能力者の可能性があると出たものの、続くテストでは夕陽から「フレイア」と呼ばれる神格能力は確認できなかった。

 夕陽は本当に「フレイア」なのか。それとも別に「フレイア」の神格能力を持った者が校内にいるのか。はっきりしない中で瞳は、一所懸命に誰彼となく応援しようと頑張る夕陽の姿に感銘を受け、彼女と仲良くなってく。そこにミサキも加わって始まった三角形の友情に溢れた関係は、けれども階段を着実に降りるかの如く終焉へと向かって転がり落ちて行った。

 読み終えれば落涙は必至。浮かぶ悲しみに滲む後悔。そしてやるせなさ。力なんかあったって、大好きな人のひとりだって救えないという現実を前に絶望感をかきたてられる。けれども。最後の最後まで健気に振る舞う夕陽の姿が、運命は運命として受け入れつつ、可能な範囲で精一杯に頑張らなければいけないんだという前向きの気持ちを与えてくれる。沈んだ心に発破をかける。

 キャラクターの誰もが特徴的で、そして誰もが素晴らしい。”ゲゲゲの女番”こと瞳は直情径行で気っ風が良くって力持ち。不良も手なずけサッカーチームを作りプレーをさせたりするけれど、時にはミサキのボケに激しい跳び蹴りを見舞う苛烈さも持つ。

 そのミサキ。細身で病弱。というより常に頭痛をかかえていてしゃべり方も微妙に変。それには理由があって、だから瞳はミサキを守ろうとする。でもキックも叩き入れる。守りたいのかそれとも攻めたいのか。どちらでもありどちらでもない。つまりは真っ直ぐだったり裏返しだったりする複雑な愛情の現れという奴だろう。

 夕陽は巨乳。サイズはどうやらGらしい。そのグラマラスさに瞳もミサキも圧倒される。けれども夕陽は決して奢らない。常に明るくて素直で応援好き。だったらチアリーダー部には入れば良いものを、何故か校庭の隅でたった1人で選手を、部活を応援している。

 実はこの奇妙な振る舞いには理由があって、それがラストの悲しみへとつながっていくのだが、そんな背景を微塵も感じさせない底抜けな明るさの夕陽に、瞳やミサキならずとも取り込まれ、ほだされ何かしてあげたくなる。たとえどうにもならないと知っても、出来るだけのことをしてやろう、そしてその生き様に心からの拍手を贈ってあげたくなる。

 いずれ来るそれぞれの運命に向かい、時間を否応なく進まされる瞳とミサキに残された夕陽の影響。それは瞳とミサキだけでなく、読む人の足踏みしていた気持ちに前を向こうと働きかけ、歩きだそうという気にさせるはずだ。

 ギャグめいたキャラクターの言動や不条理めいた展開を散りばめながらも、ストーリーに芯はしっかりとあってメッセージも強い。何よりページをめくらせる手を止めさせない。次にいったい何が起こるんだろう? という興味を常に抱かせる。続きがあるのならば是非に世みたい物語。迫る運命にどう立ち向かい、どう乗り越えていくのかを見せておくれ、瞳もミサキも。夕陽はどこかで見ているよ。


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