ファング・オブ・アンダードッグ 猟犬の資格

 アサウラは2人いる。ひとりは閉店間際のスーパーを舞台に、半額弁当を奪い合う“狼”たちを描いた「ベン・トー」であり、恋愛扶助が生活保護のひとつとして認められた社会を描いた「生ポアニキ」といった具合に、意外性のある設定を持ち込んで、ギャグありドタバタありの物語に仕上げるアサウラで、その突拍子もない発想を、発想にだけ止まらせない物語性で楽しませてくれる。

 もうひとりはデビュー作の「黄色い花の紅」から「デスニード・ラウンド」へと続く、ミリタリーマニアでありガンマニアとしてのアサウラで、銃器にあふれた社会という殺伐とした世界設定の上で、持ち前の豊富なミリタリーの知識や、銃器の知識をぶちまけながら、戦う人間たちの悲哀や歓喜を描いてのける。

 そんなアサウラの新シリーズ「ファング・オブ・アンダードッグ 猟犬の資格」(集英社、620円)は、殺伐としながらも暖かく、それでいて過酷な世界を描くという、第3のアサウラによる作品かもしれない。本来なら剣にのみ生きる家系に生まれながらも、その頭領を務める兄に腕前でまるでかなわない弟が、逃げるようにして道場を飛び出し、「陣」と呼ばれる漢字を体に刻んで、その文字にちなんだ力を発動させる「陣士」になろうと総本山へとたどり着く。

 もっとも、そこで3カ月の教育期間を終え、いよいよ体に「陣」を入れて陣士になれるかと思われた時、上に立つ者から下ったのは仲間内でパートナーを見つけろという命令。それが出来なければ「陣士」にはさせないと言われて兄の下を逃げ出してきた弟は困った。

 他人とのコミュニケーションが苦手で、学校でも目立たないようにひっそりと生き、そのまま陣士となってそして、将来もしもパートナーが必要になったら、総本山へと来る途中に知り合ったソラという名の陣士にパートナーになってもらおうと思っていた。そんな矢先の命令に、これは無理だと少年は総本山を後にして、故郷へと戻る。もっとも陣士になるための「陣」を体に入れるには、体力を削っておく必要があって少年たちはそのための薬を飲んでいた。だからかつて培った剣を振るう体力は少年には残っておらず、近隣の森に現れる怪物の鵺すた倒せない。

 そんな窮地を現れた兄に救われ、道場へと連れ帰られた少年は、兄から居合いの稽古をさせられる。そして、道場に修行に来ていたどこか謎めく少女との対決を経て、居合いの何かをつかむ。それでもやっぱり兄の剣には届かない。やはり兄は誹るもののの、それでも弟を頑張れとばかりに送り出し、受けて弟は総本山へと戻って、期限間際に急いで体に「陣」を入れる。懸案だったパートナーも少女のような顔立ちで、耳と尻尾がモフモフとしたユニが組みたいといってくれて、条件を満たしてさあこれで陣士になれたと思ったらまだ甘かった。

 候補者どうして殺し合え。残った者だけが陣士になれる。かつてない厳しい条件に学んでいた者たちは驚嘆する。実際は怪我をしてもすぐに治してくれるし、死に立てなら蘇生してもらえるから言うほど殺伐とはしていない。ただ、優勝者だけが陣士になれるというのは、裏返せば他の面々は陣士にはなれず、入れた「陣」も時限的に消えてしまってあとはずっと弱った体力のまま、生き続けることを強いられる。

 だからこそ誰もが必死に上を狙って闘いを挑んでくるのを、アルクと名乗るようになった少年と、尻尾がモフモフとしたユニはペアを組んで戦い勝ち残っていく。それは熾烈な戦いで、翌日に対決を控えた対戦相手が食事の場に現れ、自分たちが食べた分の請求書をこっそり押しつけ去っていったり、これも食事の場所に現れた別の対戦相手が、事前にその店で出す料理に毒を仕込んで来店客もろともアルクたちを沈黙させようとしたりといった具合。殺伐と言うよりもはや卑怯の域に入っているけれど、そんな卑怯すら許される熾烈な戦いをアルクとユニは勝ち抜いていって、そして決勝で因縁のある少女たちと対峙する。

 かつて世界すら滅ぼした、言葉を力に変える「陣」というものがどういう働きをしていて、そしでどういう使い方によってより強大な力を発揮するのかといった、戦術的な組み合わせを追っていく面白さがあり、対戦する相手がどんな「陣」を持っていて、それをどう使って戦い方を挑んでくるのかを想像する楽しみもあってと、バトルシーンは単純な異能同士のぶつかり合いに止まらない奥深さを味わえる。

 そんな戦いの裏では、有力な家系の女子に生まれて政略結婚を押しつけられそうになってあがいている少女の懊悩があり、一族の密命を帯びてとてつもない「陣」を生み出す焼きごて探している冒険があり、その「陣」がいったい誰によってどう使われているのかという謎へと迫る謀略との戦いもある。今は謀略から身を話しているアルクの兄もいずれ絡んでくるのか。その兄のもとで剣術を学んでいて、アルクと1度だけ剣を交えた少女が、陣士と敵対する烏という一族の元へと戻ってアルクとどう関わっていくのか。続きが気になる。

 そしてやはり1番の懸案はユニだろう。本当はどっちなんだろうか。ついているのか。開いているのか。見てみたい。次は見せてくれるだろうか。


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