筺底のエルピス −絶滅前線−

 人の心を惑わし、殺戮へと駆り立てる“鬼”を探し出し、滅ぼしていく退魔師の物語なら、ライトノベルでは一種の定番となっていて、数多の作品が生み出されている。同じように、人を操って悪事へと誘う“悪魔”を狩り、鎮めていく悪魔祓い(エクソシスト)の物語も、ライトノベルでは良く見かける。

 伝奇であり、ファンタジーといったカテゴリーに分類されるだろう、こうした設定の作品群に新しく加わったのが、オキシタケヒコの「筺底のエルピス −絶滅前線」(ガガガ文庫、593円)という作品。大勢の人を殺す“鬼”を相手に、大昔から戦い続けてきた封伐員たちの物語は、伝奇というカテゴリーに相応しい設定だろう。

 ところが、読み始めてこれはもしかしたら違うかもしれないと思えてくる。あるいはこれはSFなのではと考えるようになる。それというのもこの作品で、“鬼”や“悪魔”と目されている存在の正体が、“鬼”や“悪魔”という呼び名から浮かぶものと、まるで違っているからだ。そして、SFのカテゴリーに分類されそうな設定を持っているからだ。

 殺戮因果連鎖憑依体。正式にはそう呼ばれるものが、「筺底のエルピス」で人を“鬼”や“悪魔”に変えてしまうものの正体。発生したのが地球上ではなく、異次元というのもSF的。これに取り憑かれた人間は、同族を殺さなくてはいけないという強い衝動に襲われて動き始める。

 倒せないことはない。バラバラに刻めば息絶える。ただ、そうやって“鬼”となった人間を殺したところで、殺戮因果連鎖憑依体が抜け出して、宿主を倒した人間に乗り移ってしまうから厄介だ。新たに“鬼”となった人間が、また殺戮を繰り返すという連鎖が、日本で、世界で、地球上でもう何百年もの間繰り広げられて来た。

 そして、殺戮因果連鎖憑依体と戦って、消滅へと追い込む戦いも同じように続けられて来た。≪門部≫と呼ばれる組織があって、そこにスカウトされた人間が、改造眼球『天眼』を与えられ、時を自在に止める能力『停時フィールド』も使えるようにされて、“鬼”との戦いに送りこまれていた。

 百刈圭もそんな封伐員の1人で、数年前、家族を“鬼”に殺されたのをきかっけに≪門部≫にスカウトされた圭は、一定の形の中ですべての物を封印してしまう『停時フィールド』の力≪朧箱≫を発動させ、“鬼”を相手にした過酷な戦いを繰り広げてきた。

 そこに新しく加わったのが、やはり家族を“鬼”に殺された経験を持つ乾叶という少女。彼女も≪蝉丸≫と呼ばれる、剣に似た≪停時フィールド≫を振るって戦っていた、そんなある日、圭と叶の前に、有史以来、わずか6体しか現れていない恐るべき≪白鬼≫が姿を現したから誰もが戦慄した。何百万人、何千万人という大量殺戮が起こった時代に現れ、原因になったと見なされているのが≪白鬼≫。倒さなければどれだけの人間が死ぬか分からない。

 だから倒せるかとうと、そうはいかなかった。≪白鬼≫に憑依されたのが、叶の親友の少女だったことから2人は迷う。もしかしたら≪白鬼≫も、いつものやり方で誰に憑依させることもなく、消滅させられるかもしれないと考え、少女を保護しようとする。そこに敵。≪門部≫と同じように古くから、欧州を中心に殺戮因果連鎖憑依体を“悪魔”として刈ってきた≪ゲオルギウス会≫が乗り込んできて、圭や叶たちと対峙する。

 圭と叶とでもそうなっているように、時を止める力を武器にする『停時フィールド』は、人によって発現の仕方がまるで違う。発現のきっかけとなった事件、そして心に受けた傷の違いによるものらしく、圭のように強力な封印の力を生み出すこともあれば、叶のように剣のような形にして切り裂く力もあり、≪ゲオルギウス会≫の敵のように高速で移動する力もあってと、さまざまなパターンが存在する。

 そんな『停時フィールド』の力をそれぞれに振るって、圭や叶と≪ゲオルギウス会≫からの来訪者が戦いを繰り広げる場面では、誰の力なら誰を上回れるのか? といった戦術・戦略を探りながら読む楽しみがある。そしてもうひとつ、“鬼”を他の人に乗り移らせずに消滅させる時に、呪文や魔術とは違った方法が取られることも、この作品の面白さであり、SFとしての味を感じさせるところだ。

 その方法とは、時間を停止させる力を応用したもので、読むとなるほど、第3回創元SF短編賞で優秀賞を受賞した経歴を持つ作者ならではのアイデアだと思えてくる。そして同時に、人類は確実に滅亡するという“事実”も突きつけられて戦慄する。

 その“事実”に、≪門部≫の封伐員たちは、もしかしたら自分たちの戦いは、滅亡を先延ばしにするだけの行為なのでは、といった思いに囚われる。諦めてしまえば楽になる。そうも思う。

 けれども、今という時代を精一杯に生きている人たちを前に、同じことが言えるのか。わずかな時間でも、滅亡が先延ばしにできるのなら、その積み重ねからいつか本当に、滅亡しない未来を人類が掴めるかもしれないのではないか。そう思い直すことで、誰もが戦いに立ち向かっていける。

 決して諦めないで、戦い続けることが大切なのだと教えてくれる物語だとも言える「箱底のエルピス」。残ってしまった最大の懸案に対して、これから圭や叶、そして≪門部≫を率いている、宇宙から来た生命体が少女と融合した当主は、どう対応していくのか。同じように宇宙から来た生命体をトップに仰ぐ≪ゲオルギウス会≫、さらにもうひとつ別の組織は、≪門部≫とどう対峙し≪白鬼≫とどうしようと考えるのか。

 大きく動き出すこれれからの展開を、期して待とう。


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