イレギュラーズ・パラダイス
赤い童話のワールドエンド

 地元の市営図書館はいつ行っても人がいっぱいで、田舎にいた頃に通っていた市営図書館も土日となればカウンターに行列が出来る人気ぶり。そう考えると「図書館=人がいない」といった図式の物語は設定そのものに無理があるような気もしないでもない。

 もっとも田舎にあって通っていた高校のすぐ下にあった市営図書館は、下校時にのぞくと人なんていても数人といった状況だったから、さらに田舎の山奥にある「ココロ図書館」が、少な過ぎる利用者に廃館の瀬戸際まで追いつめられているのも分からなくもない。

 上田志岐の新シリーズ「イレギュラーズ・パラダイス 赤い童話のワールドエンド」(富士見書房、560円)に登場の「ケリポット図書館」は、「ココロ図書館」のような立地の問題というよりはむしろ他に事情があって、やっぱり廃館間際の危険な状態に置かれている。

 品揃えこそ先代の館長、ポリグロット・ルードワースが頑張って結構な質と量を誇っているものの、その館長のこだわりからか、マガイモノと呼ばれる本とかから作り出された人間のような妖精のような存在が、図書館の業務に従事していることもあって、普通の人間があまり寄りつかなくなってしまっていた。

 ケリポット図書館にも人間が1人いて、先代の後を継いで館長を務めているものの、その男、レクト・ルードワーズがどうして館長に収まったのかには、裏に深い事情がある模様。何しろ彼は館長になる前は手品師をしていたとも、詐欺師を働いていたとも言われる胡散臭い人物で、ケリポット図書館の館長になっても、本を迷路状に並べては図書館で働くヒャッカほか、マガイモノたちの邪魔をして不況の図書館をいっそう苦境に追いやっている。

 そして更なる追い打ちがケリポット図書館を襲う。向こう1年で1000人の会員を集めなければ閉館させらるという市議会が条件を打ち出したもので、ほとんど無理とは思いながらも図書館を潰したくないヒャッカは、役場に勤めている女性が知り合いの老女から預かった「DDD」というタイトルの童話を図書館で保管することを条件に、その女性をまず1人、会員にすることに成功する。

 ところがただの童話ではなかった「DDD」。1人の会員獲得のためにしでかしたことが、やがて大きな事件となってヒャッカやレクトたちを襲う。街でも大きな部類に入るペトノワール図書館の間抜けな兄弟が、ぬいぐるみを来て門前で騒いで邪魔をするのはまだ序の口。黒装束に覆面の侵入者があったと思ったら、今度はその侵入者が素顔で現れ会員になりたいとヒャッカに言って、レクトにこの前の侵入者だったと見抜かれ逃走する。

 以後も手を変え品を変えてやって来るその女性、クラックス・レティを雇い「DDD」を手に入れようと画策する人物の狙いは何なのか。一体「DDD」にはどんな秘密が隠されているのか。謎めいた本の正体へと迫っていくビブリマニア的な関心をくすぐる要素もあるし、普段はいい加減な言動をしていても、クラックス・レティを侵入者とひと目で見抜き、肝心な所で秘められている能力を発揮してヒャッカたちのピンチを救うレクトのヒーローぶりも見ていて楽しい。

 キャラクター的には謎多きレクトもさることながら、肝心なところでドジを踏むクラックス・レティの脳天気ぶりもなかなかな存在感。どうして彼女が「DDD」を狙うマスターに付き従っているのか、といった興味もっ張りながらとりあえず幕を下ろした第1巻が、この先果たしてどこに続いていくのか、その中でレクトはどんな本性を現すのかが、続きが楽しみで仕方がない。

 ”マガイモノ”という名称がそのまま表すように、マガイモノたちへの街の住人たちの差別的な言動に憤りを喚起され、そうした振る舞いに反対したくなる気持ちも読んでいるうちに浮かんでくる。レクトのだらしなさとは対称的に、会員を増やそうと危険も省みないで頑張るヒャッカに、素となった本が散逸してしまった関係で大人になれないにも関わらずいつも明るいリーフといった、マガイモノたちの真面目で前向きな姿に教えられる部分も多い。

 蔵書も良ければ従業員も館長を除いて最高の図書館が、このまま廃れて良いはずがない。ヒャッカたちの「DDD」を守ろうとして見せた頑張りに1人、会員になった老婦人が現れたのは1つのきっかけ。これからのヒャッカたちが見せる健気な姿がどんな喜びを巻き起こして図書館を存続に近づけるのか、そして謎めいたレクトが陰でどんな力を見せるのかに興味を持ちつつ、続く展開を見守り1000人の会員を見事獲得して、ケリポット図書館の存続が確定する人を待ち望みたい。


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