閻魔と希望の星 幽霊少女と地獄の詐欺師

 鬼灯ならぬ「閻魔大王の冷徹」かもしれない。

 久世千歳の「えんまと希望の星 幽霊少女と地獄の詐欺師」(C☆NOVELS、900円)に登場する閻魔大王は、色白で黒髪の青年で怖い顔をした巨体の鬼というイメージとはずいぶん違う。そして地獄の主のはずなのに、なぜかどろどろに溶けた灼熱の銅を飲まされるという激しい責め苦を受けている。

 それでいて、合間にはちゃんと地獄に来た亡者を裁いているといった設定に、何か裏を感じないではいられない。その閻魔。地獄に落とされてきた詐欺師の口車に乗せられ、30人近い亡者が逃げ出したのを、なぜか自らが追いかけ現世に行っては、地獄にたたき落とすという役目を買って出る。

 どうやら亡者たち、先に閻魔が地上に転生させた「彼」という人物に何か強い力があって、それを喰らえば地獄を抜け出し現世に転生できると詐欺師によって焚きつけられて、地上へと逃げ出したらしい。もっともその「彼」らしき公弘という名の少年には、そんな自覚はまるでなかった。

 両親を知らずに生まれ落ち、施設で育って今は大学に行く資金を貯めようと、コンビニエンスストアでアルバイトをしている公弘。そこによく来るのが謎の客で、スーパーで適当にそろえたような服装をして、コンビニおでんのこんにゃくとしらたきをあるだけ全部買っていく。

 その時はただの妙な客としか思わなかった公弘だけれど、直前に幽霊の女性が寝ている公弘の上に現れたりして妙だと怯え、そしてバイト帰りに歩いているところを亡者に襲われいったい何かが起こっていると驚いていた。そこに現れたのが、バイト仲間で密かに“おでんさん”と呼んでいる青年だった。

 そこで自分は地獄の閻魔だと明かしたおでんさん。「彼」こと公弘に関心があるようで、公弘を狙って襲ってくる亡者たちをことごとく返り討ちにする。もっともそれで守ってもらったと公弘に感謝されるどころか、よくも奇妙なことに巻き込んだなと怒られるからなんとも浮かばれない。

 なおかつ公弘を狙う詐欺師によって焚きつけられた、少し前に誘拐されて殺されてしまい、遺体が近所の公園に捨てられていた可愛そうな女の子の幽霊が、公弘に抱きつきその精気を吸い取るようなことをして閻魔に咎められ、そのまま地獄送りにされるようとする。当然、なんて残酷な可愛そうなと公弘は閻魔に訴える。

 けれども閻魔は公弘が弱ると知って抱きついたのは、彼を殺す意図があったからだと言って、地獄送りは当然という顔をする。職務に忠実。そして冷徹。だから苦労して育ち、可愛そうな境遇への同情心が強い公弘と決定的に噛み合わない。

 そこには実は閻魔のの「彼」への思いが滲んでいたらしいけれど、そんな過去を知らず、女の子に強い同情を示す公弘には通じない。それでも怒らず嘆かず、「彼」である公弘を思って静かに淡々としているところが閻魔らしいところ。きっと何か考えがあるんだろう。そして深い事情も。

 そんな謎めいたストーリーに平行して、地獄での獄卒の日々に関する描写も挟まれているところは、やはりどこか漫画とアニメで人気の「鬼灯の冷徹」を思わせる。妙にサラリーマン化してオートメーション化なんかしている地獄の風景も。行けば楽しそうだけれど、それは働く側の方。責め苦を受ける罪人にはやはり住みやすい場所ではないのだろう。地獄なだけに。

 そして地獄にはささいな罪でも落とされるらしい。悪い奴らに囲まれ反撃して1人を殺したものの、リンチにあって殺された人間と、家族で悪さをしまくりながらも命を落とし、家族から悲しまれ祈られた人物のどちらが地獄に行って極楽に行くかという問いかけ。その常識に反した答えを聞くにつけ、閻魔の裁きの理不尽さも浮かぶけれどもだからこそ、常に正直で常に真っ当で誰からも慈しまれる生き方をしなければとも思わされる。

 自分が助かりたいと誰かを陥れようとするのはもってのほか。だから女の子は地獄に落とされ、けれども公弘の祈りによって極楽へと送られることになった。省みて自分はどういう生き方をしているのかを問い直し、これからをどう生きるべきかを考える。そんなきっかけになる物語とも言えそうだ。

 とりあえず亡者をすべて送り返し、詐欺師も地獄に落とし直した閻魔が、いったん地獄に戻って自ら地獄に送った女の子に極楽行きを告げようとする辺りまで話は進むけれど、謎の部分はまだなにも明かになっていない。「彼」はどうして地獄に来て、そして無理に転生させられたのか。そんな「彼」と閻魔との間にいったい何があったのか。それに気づいた時に公弘は何を思うのか。

 そんなことが次の巻で明らかにされるのだろう、閻魔が閻魔でありながら、地獄で責め苦を受け続けている理由も含めて。だから待つしかない、次の巻の刊行を、公弘が自分自身を知って、どう決断するかも知りたいし。


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