エネミーズ/1996 1

 ぐるりと見渡したところでは、俺が異世界転生でヒャッハーといった物語が多いように見えた「MFブックス」だけれど、そこに作者の変身ヒーロー物に対する強い思いを紛れ込ませたかったのか、スピーディーな異能バトルが出現した。ノベライズ作品を多く手がける作家で、アニメーションの脚本家でもあり、ゲームのシナリオライターでもある和智正喜の「エネミーズ/1996 1」(MFブックス、1200円)だ。

 ヒット作をいくつか持つ中堅ゲームクリエイターの三原一也が、かつてゲームクリエーターとして憧れ、同じ会社に勤めるようになりながらも、突然失踪してしまった月岡陶子という女性の姿を見かけ、後を追っていたら知らず迷い込んでしまったのが六本木の地下神殿。そこで三原は意外な力を得て、殺し殺されるような激しいバトルに巻き込まれていく。

 そして始まる戦いの日々を紡ぐ物語は、本の見開き2ページで1つのエピソードをさくっとまとめ、それを連ねていきつつ過去や周辺のエピソードも挟み込んで、ひとつのストーリーを浮かび上がらせる構成になっている。そのため、テンポよくパッパッとページを眺め、開いてそして次へと読んでいける。

 そんな語り口が奏功してか、バトルの場面でも心理描写が続いたり、技の応酬が延々と続いてとりとめがなくなる冗長さがなく、それこそ必殺パンチの連続のような迫力あるバトルを楽しめる。ネット上で1日に1エピソードを読んでもらうためのテクニックが、物語そのものにもリズムを与えスピード感をもたらした。

 加えてもうひとつ、「エネミーズ/1996」には設定自体にも面白さを感じさせる仕掛けがある。それは、世に出なかったゲームが現実に重なったというような設定だ。異能を持った異形の者たちが現れ、戦いを繰り広げる戦うという設定のゲームに、三原一也ら作中に登場する人々が重なり、異世界を呼び込んで殺し合いへと進んでいく。

 どうしてそういう事態が起こるのか。誰が起こしているのか。その目的は。いったん起こった事件がリセットされるような描写もあって、ゲームならではのフォーマットが現実の時間すら操作している可能性も浮かぶ。そんなゲームをデザインしただけでなく、現実を巻き込んでしまったた月岡陶子という女性の正体も、これからどうなるかもまるで見えない中で、プレーヤーに仕立て上げられた者たちは、最善のシナリオを選んで進んでいかなくてはならない。

 RPGをモチーフにしたゲームブックというのがある。それも見開き2ページを1つのセンテンスにして、次にどこのセンテンスを読むかをサイコロを振って決めるようになっているけれど、この「エネミーズ/1996」の場合は、分岐のないアドベンチャーゲームのパネルを1枚、また1枚とめくっていく感じがある。だんだんと物語が進み、謎が深まり全容が見えつつ、次に何が起こるかワクワクとさせられる。

 もうひとつ、興味深かったのは小規模のソフトハウスが頑張って作ったゲームが、世に認められ売れて評判になる時代を感じられるといったあたりか。今はもうそうでもなくなっていて、それこそ何十億円とか何百億円をかけないと、世界でヒットするゲームは作れないし、回収だってできない。スマホアプリのように簡単に作れるゲームもあるにはあるけれど、そこには新しさというよりは、以前の焼き直しのような仕掛けしかなかったりする。

 舞台となっている1996年あたりは違っていた。セガサターンが出てプレイステーションも出て、スーパーファミコンから移ったNintendou64は今ひとつだったものの、ゲームボーイが復活しはじめていて、それらの上で冒険的なソフトを作れて、当たれば一攫千金だってあり得た。それに向けてソフトハウスもアイディアを絞り、オリジナリティを求めて切磋琢磨していた。懐かしい時代、ゲーム作りに夢と希望を未来があった時代を思い出させてくれる。そんな物語だともいえそうだ。

 たくさんの妙味が詰まった設定の上で、提示されるのは力を得れば悪意に染まるか善意に傾くかといった問い。ゲームの中の主人公に気持ちを仮託して、ゲームの中だけで悪にも善にもなって暴れることは誰にだってできるだろうけれど、いざ現実という事態の中で、善に止まるか悪に走るかはそれなりにシリアスな問題だ。選び方で未来も決まるとあった時に、人はいったいどちらを選ぶだろうか。そんなことを「エネミーズ/1996」は教えてくれる。

 あなたならどちらを選ぶ? 現れた勇者とは誰で、倒すべきドラゴンとは何者か? そのあたりが明らかになっていくだろう続きを、これからも期待して読んでいきたい。異能で異形の者たちによる、それぞれが使える技を駆使しての駆け引きのあるバトルを楽しみながら。


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