エイルン・ラストコード 〜架空世界より戦場へ〜

 ずいぶんと昔。イタリアで井戸に落ちた子供が、当時、ヨーロッパで大流行していたアニメーションに出てくる、ロボットの「ゴルドラック」(日本で言う「グレンダイザー」)に助けを求めながら、救助が間に合わず、亡くなってしまったという悲劇があった。

 「グレンダイザー」の原作者で漫画家の永井豪は、ヨーロッパから来たメディアにこのことを聞かれて、日本のアニメが人気になり過ぎていることに、批判的な空気がヨーロッパにはあるのでは、といったネガティブな雰囲気を感じ取ったという。だったらイエス・キリストの名を唱えれば、キリストが現れ救ってくれたのかと聞き返そうと思ったと、後に書いている。

 この一件は、それこそ視聴率100%と言われるくらい、ヨーロッパの子供たちに日本のアニメが浸透していて、神様にも匹敵するヒーローとして「ゴルドラック」が愛されていたし、頼られてもいたという状況を示している。そして結論として「ゴルドラック」も神様も、リアルなこの物質世界には存在しないという、厳然とした事実も示している。

 お台場にアニメの設定どおりの「機動戦士ガンダム」が立っていても、それは歩かないし戦わない。腕1本で幾十幾百もの敵をなぎ倒して進む戦士の漫画が人気になっていても、そんな戦士が中東なりどこかの戦場で、銃弾をかいくぐって子供たちを助けたりもしない。架空の物語に登場するロボットたちは、そしてヒーローたちは現実の世界に存在しない。それは悲しいことであり、残念なことでもある。

 だからこそ人は決意する。架空の存在などあてにしないで、自分たちで頑張って行かなければいけないのだと。それでも人は希望を抱き続ける。いつか本当に「ガンダム」でも「仮面ライダー」でも現れてくれないかという可能性に。人の想像力が生み出したロボットやヒーローに、いつか人の創造力が形を与える日が来る。それまで人は、フィクションの中にロボットやヒーローを見続ける。

 あるいは、そんなロボットやヒーローが、現実の世界へ実体化するような設定の物語を求め続ける。東龍乃助による「エイルン・ラストコード 〜架空世界より戦場へ〜」(MF文庫J)は、まさにそうした架空のヒーローの現実化を描いた物語だ。

 マリスなる謎の生命体に攻められて、滅亡の瀬戸際へと追い込まれた人類は、マリスがなぜか食料として狙う、ヘキサと呼ばれる特種な刻印を持つ人間たちを囮にするようにして、マリスをおびき寄せては撃滅する過酷な戦いを繰り広げていた。もっとも、ヘキサであってもマリスは倒せない。マリスを退けられるのは、ヘキサの中でもネイバーと呼ばれる巨大な兵器を操縦できる能力を持った者たちだけだった。

 どうしてマリスがヘキサを狙って食らうのか、そしてマリスがどこから来たのかは分からないし、ヘキサの中でもネイバーフッドだけが、どうしてネイバーを操縦できるのかも分からない。そもそもネイバー自体が謎に満ちた兵器で、それを人類は新たに作り出すことが出来なかった。

 それでも、人類はネイバーとネイバーフッドを押し立て戦っていた。それは戦わなければ滅びてしまうから。そしてセレンといネイバーフッドの少女も戦っていた。というより戦わされていた。友だちを救いたいという気持ちはあった。けれどもネイバーに乗るにはとてつもない苦痛が伴った。そして食われて死ぬ恐怖もあった。だから乗りたくなかった。だから逃げ出した。それでも見つかって、無理矢理にネイバーフッドに乗せられて送り出された戦場で、強大な敵を相手に瀬戸際へと追いつめられていた。

 諦めて泣き叫ぶセレン。その前に現れたのが、どこからとも知れない場所から突然現れ、上空から落ちてきた真紅の巨大な戦闘機だった。それは人類最強のパワーを誇るネイバーすら超越するとてつもない武力で、迫るマリスを退けてみせた。

 いったいどこから来たのか? そもそも何なのだ? そんな関心を上回って人間たちを驚かせたのが、現れた真紅の巨大戦闘機が、人気のテレビアニメーションに登場したものとそっくりで、そして降りて来たパイロットの少年も、同じアニメに出てくるヒーローに名前も経歴も同じだったということだった。

 もっとも、それを見て人間たちが「なんだ、アニメから出てきたんだね」と思うかというと、そうはならない。アニメのロボットは現実にはいないと知っているから。神様ですら存在しないと分かっているから。だから最初は、そっくりに作られていた秘密兵器かとも想像した。それならどうして満を持して登場したのかといった非難の声が起こった。何カッコつけてんだと。そのためにどれだけ死んだのかと。

 ところが、当のパイロット、アニメに出てくる少年と同じ名前のエイルン=バザットには何のことだか分からなかった。彼はそれまで、現実の存在として宇宙を舞台に戦っていた。それが突然、見知らぬ世界に迷い込んでしまった。そしてアニメの真似するなと言われた。どうしてだ? どうなっているんだ? 迷い惑って憤るのも当然だろう。

 とはいえ、調べれば地球上の技術では不可能な、エイルン=バザットの身体改造を見てこれはおかしいと考えた。それ以前に責め立ててくるマリスをあっさりと撃退したエルイン=バザットの力に注目した。そして頼み、なだめ、脅し、何よりセレンの危地を目の前に見せることによって彼を動かした。戦場へと引き入れた。

 迫る新たなマリスを相手に、セレンという少女が駆るネイバーも風前の灯火となった所に、エイルン=バザットは戦場へと赴き、真紅の戦闘機の真の姿をお披露目する。それがまたアニメにそっくりだったから誰もが改めて驚いた。どうなっているんだ。3次元が2次元化することがありえるのか。

 本来ならあり得ない。もっとも、3次元が2次元となって、それが3次元に“復元”されることはあり得る。つまり……。そこに、フィクションが現実になるという願望充足型の物語とは違った、複雑なSF的設定の影を見る。ともあれうした含みがあって、エイルン=バザットも巨大ロボットもどこかに実在し得る可能性が示唆された。そして、いったい誰が、何の目的で込み入った状況を引き起こしたのかといった謎が浮かんで来る。マリスもネイバーフッドも、もしかしたら何かの陰謀に関わったものかもしれないと思えてくる。

 そうした謎は、続く展開で明らかにされるのか。世界は、宇宙は、異次元はどうなっているのか。続きが楽しみになって来た。アニメのエイルン=バザットに惚れ込んでいたのが、目の前に現れ、浮き足立っている九重紫貴という美少女のこれからも。エイルン=バザットが擁護するセレンに取られっぱなしで済ますとも思えないだけに、横取りはできないにしても、いろいろ食指を動かして迫るだろう。

 その姿にひとつの推論が浮かぶ。もしかしたら今の人類は、アニメのロボットやヒーローが現れ救ってくれるよりも、アニメのヒーローが現れ恋人になってくれる方を、より望んでいるのかもしれないと。どうなのか。それも含めてこれからの展開を見ていこう。


積ん読パラダイスへ戻る