ドラゴンキラー売ります

 「売ります」というのはつまり、売るほどいっぱい増えてしまったという訳で。

 「あります」とそして「いっぱいあります」から続いた「ドラゴンキラー」シリーズ3部作の最終巻。海原育人の「ドラゴンキラー売ります」(中央公論新社、900円)は、マルクト帝国の後継者争いに巻き込まれ、逃げ出した少女のアルマを、皇女に仕立て上げたい一派がしつこく立ち上がり、本気になってアルマを連れ戻そうとドラゴンキラー4人組を仕立ててココの住むやさぐれた街へと送り込む。

 ココとは元兵士で戦場に現れたドラゴンキラー、すなわちドラゴンの肉を食べ超人的な能力を身につけた人間の暴走によって敵も味方も殺戮された中を生き残り、ドラゴンへの恨みを抱きつつ退役して、今はやさぐれた街で便利屋稼業を営んでいる男のことだ。

 そのココと、アルマを護衛して逃げてきたドラゴンキラーの少女で、闘えば強いもののどこか気弱なところもあるリリィが出会ったのが最初の「あります」。続く「いっぱいあります」では、やっぱりドラゴンキラーで痛みを操るアイロンが加わってまさしくドラゴンキラーがまさしく“いっぱい”に。おかげでココの事務所は大飯ぐらいのドラゴンキラーを喰わせるために資金繰りが逼迫して、今にも潰れそうな極貧状態になっていた。

 そこに更なる難題として、アルマを連れ戻そうとドラゴンキラーの4人組が到来するからココも困ったしリリィも困った。とりあえずは迎え撃つべくココにリリィ、そしてアイロンが構えていたその間隙をぬうように、別にひそんでたジョーカー的な存在が現れてアルマをさらっていってしまう。

 救出に乗り込むリリィにアイロンにココ。もっとも相手は記憶を左右する力をはじめ、さまざまな力を誇るドラゴンキラーたちで、どうにかアルマを救出できても今度はリリィがつかまったりの大乱戦。その中で、果たしてどの力を持ったどのドラゴンキラーが勝つのか、それとも負けるのかといった展開が繰り広げられ、果てに文字通りの「売ります」状態がやってくる。

 1人で最新の兵器すら上回る力を持つドラゴンキラーのリリィやアイロン、銃を扱わせては街でもトップクラスという酒場のウェイトレスのスプリング&ボニーといった傑女たちが勢揃いしたこのシリーズ。そこにあってもっとも強く、そしてもっとも恐ろしい女がアルマだった、というのがとりあえずの結論。なるほどその手管にその度胸。やはり皇女になるのが彼女にとってて相応しいのではないかと思わされる。

 そして彼女を中心にして、国を二分三分した政争が始まって不思議はないところをこのシリーズは、どうやら本編にて打ち止めの様子。皇女としても通用するその能力を発揮しきった暁には、ココの住む街はどんなヤクザな組織でも、どんな商売の大店でもかなわないようなアルマの率いる巨大で強靱な組織が出来上がっている可能性が高そうだ。

 膨らませればどこまでも膨らむ設定なだけに、ココを実はそれなりな能力者だったという設定を混ぜ込んで、国と国との争いを描くスケールへと広げることも可能だっただろうけれど、そこは過去に傷を持つ小悪党でしかない男だというココの役割を逸脱させず、分不相応のヒーロー役を割り振ることもしない。

 この世界にとっては最終兵器にも等しいドラゴンキラーを何人も集めて固めて出して力のバランスを拮抗させ、下手に暴走させて街を殲滅させるような派手な展開にはしないで、小競り合いのレベルにおさえつつその中で性格にやや難のあるココが狂言回し的に動き回り、実直なリリィとあれでなかなか狡猾なアルマが絡んだ挙げ句に万事オッケーとなるスケールに抑えたのは、長大化した挙げ句に収拾のつかなくなる話の多々ある昨今としては、ベストな選択だったと言えそうだ。

 とはいえしかしやっぱりなかなかに興味深くて広がる可能性も持ったこの設定。キャラクターにも独特な者が多くてこれで終わりだとすると寂しすぎる。例えば表ではパン屋を営む情報屋のパーマーを支えていっしょに暮らす、スレンダーというよりは板に近い体つきをした寡黙な少女のアズリル。彼女がスカートの裾をひるがえしながら本気を見せて戦う場面が最終巻ではシリーズを通じて始めて到来して、美麗なイラスト付きで堪能できる。

 胸こそ1番と訴える酒屋の主人ラダーマンの趣味とも、尻こそがベストだと説くココの趣味とも違ってはいても、別種の人間にとってはこれでなかなか興味をそそられるアズリルというキャラクター。情報屋もそんなところを気に入っての帯同なのか、ほかに理由があるのかは不明なだけあってこれで退場というのは勿体ない。仮にココとリリィの物語からスピンオフした新シリーズが立ち上がるなら、パーマーとアズリルのなりそめなり活躍を、描いてもらいたいと切に願う。

 パーマーとアズリルに限らず戦闘ウェイトレスのスプリング&ボニーの過去なり未来なり、アルマの長じた未来なりも是非に知りたいところ。何より竜が生まれる過程に関しての設定がかつてなく新しい。過去に数多あるのは、人間とは別に現れ育ち蔓延り力を付けた存在という設定。これとはまったく違った竜の設定は、活かせばさらに不思議でそして苛烈な物語を生み出せる。ここは同じ世界を舞台にしたシリーズが新たに立ち上がって、その中でこの独特の活かされることを願い待とう。


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