デカ
ドラゴン刑事!

 身内に甘い体質はあるし、体面にこだわるあまりに正道を踏み外すこともないとは言えない。けれども底流として”正義”を貫こうとする意志が、警察という組織にはまだ存在しているのではないだろうか。

 甘すぎると謗りたくなる向きもあるだろう。新聞テレビ雑誌その他のメディアで取り上げられる警察のさまざまな不祥事に、もはや“正義”など警察には存在しないと断じる人も決して少なくはないだろう。なるほど昔よりはタガは緩んで来ている。それでも未だ保たれている秩序に、警察の”正義”が、というより人としての“正義”が世の中に残っていることを示している。

 ”正義”なき世に未来は決して訪れない。歴史がそのことを証明している。叡智を持つ現代の人間たちが、自ら未来を閉ざすような愚を犯すはずがないと、信じたい気持ちを誰しもが抱いている。警察にもだから“正義”を貫いてもらいたいと、強い願いを誰しもが持っている。講談社の「X文庫新人賞」を受賞した東海林透輝が「ドラゴン刑事!」(講談社、600円)で見せくれたのも、警察の最前線にあって未だ失われていない“正義”の存在だ。

    「X文庫ホワイトハート」というレーベルと、「ドラゴン刑事!」というタイトルだけ見れば、火を吐くドラゴンが刑事となってファンタジックな異世界を大暴れする話とも、中国拳法の達人によるアクションたっぷりのハードボイルド小説ともとられそう。けれども現実には、警察組織が抱える階級社会的な困難さを浮かび上がらせながらも、そうした組織にあって”正義”を貫こうと頑張る人たちが大勢いることを描く、優れた警察小説だと言える。

 主人公の龍鈴麗はたたき上げの女性刑事で、強行犯係に所属しながらも性犯罪の被害者をケアする職務も兼任して、街で起こるそうした事件の度に出向いて被害者を救い、犯人逮捕に全力を傾ける。なおかつ鈴麗には、街にうごめく妖怪変化の類をその感じ取れる”凶眼”の能力があって、そうした妖怪変化のささやきをアドバイスにして、迷宮入りの可能性もある犯罪を解決することもあった。

 物語ではまず、痴漢に襲われたという小学校低学年の少女の元へと赴いた鈴麗が、少女の証言から犯人の似顔絵まで作ったものの、母親が事件の解明にあまり乗り気なところをみせず、疑念を抱く場面から幕をあける。何か秘密があるのだろうか。そう考えて少女の周辺を調査し始めた鈴麗に、今度は近隣で何件も連続している女性の殺害事件が絡んで来る。

 なおかつ事件を抱えて心を痛める鈴麗の上司として、キャリアとして採用されながら、警察の体面に関わる複雑な事情を負って、1人の青年が送り込まれてくる。名を猪狩薫という青年は、刑事の知識もなく、体力的にも警察官とは思えないほど弱々しい。それでもキャリアならではの頭脳を駆使して、鈴麗と強力しながら女性の連続殺人事件を解決していく。

 何かとしがらみの多い警察組織の描写も、また大勢の人たちが犯罪に立ち向かう段取りの描写もリアリティがあって、ごくごく普通の警察小説を読んでいるような気にさせられる。起こる事件の謎解きも、幽霊や妖怪の物理的なパワーを借りるようなことはなく、鈴麗や薫の刑事ならではの理詰めの論理で進められていいて、警察小説のファンが読んでもミステリーのファンでも普通に楽しめる。

 こうなると悩ましいのが鈴麗の持つ“凶眼”の能力で、見かける妖怪変化のメッセージを参考にして、難事件へと迫る描写が一般的な世界を舞台にした警察小説好きな人には余計に見えるかもしれない。もっとも“刑事の勘”という非科学的な力が、それなりに幅を利かせることもあるジャンルだけに、妖怪変化のアドバイスも一種の勘だと割り切って、読めばそれで納得できないこともない。

 何より警察の”正義”を信じ、そこに拠り所を見出そうとする人たちの言動は気持ちが良く、読み終えて警察を信じたい気持ち、“正義”を尊びたい心がわいてくる。続く物語があるとしたら、キャリアならではの明晰さをほのかに見せた薫が、その才能でどんな難事件を解決してくれるのか、そして“凶眼”の力を持つ鈴麗が、どんな妖怪たちの姿を見、声を聞いて難事件に挑んでいくのかが読み所になるだろう。

 是非に書き継いでいってもらいたいシリーズだが、こうなるとやはり悩ましいのが「ドラゴン刑事!」というタイトル。シリアスで心に染みる警察小説が、このタイトルのお陰でアクションであったりコメディであったりファンタジーといったジャンルと思われ、警察小説のファンに忌避されてしまったら寂しい限り。警察小説好きだったり、美貌の女性刑事の活躍に眼のない人はタイトルを気にしないで読むべきだと言っておこう。


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