ポール・デルボー展
展覧会名:ポール・デルボー展
会場:佐倉市立美術館
日時:1996年12月8日
入場料:800円



 国書刊行会から出ている現代文学の叢書「文学の冒険」は、取り上げる作家のラインアップもさることながら、表紙絵のセレクトにも気が配られていて、毎回配本を楽しみにしている。例えばジョン・アーヴィング「ウォーターメソッドマン」のミッシェル・フォロン、イザベル・アジェンデ「エバ・ルーナ」のアンリ・ルソー、スタニスワフ・レム「完全なる真空」のマーク・コスタビ、ティム・オブライエン「カチアートを追跡して」のルネ・マグリットといった具合。ほかにも自分が名前を知らないだけで、美術の世界ではたぶん結構名前の知られた画家の絵が、作品のイメージに合わせて巧みにセレクトされている。

 96年10月に刊行された「ラテン・アメリカ短編集 遠い女」に使われていたのはポール・デルボーの「CHRYSIS」。鉄道のプラットフォームを思わせる空間に、燭台を持った女性が真っ白な肌をさらけだした全裸の姿で立っている、いかにもデルボーという作品だ。実はまだ短編集を読んでいないので、作品世界とこの表紙絵が、どれだけマッチしているかは解らないが、シュールレアリスムのデルボーと、マジックリアリズムのラテン・アメリカという組み合わせは、そう悪くはないと思う。

 1枚の絵だけで、見る者を異世界の深淵へと容易に引きずり込む力をもったデルボーの作品が、素描も含めると実に111点も出展されている「ポール・デルボー展」が、大阪、山口を経由して千葉県佐倉市で開かれているとあって、寒空のなかを電車に乗って佐倉市へと向かった。駅から坂をのぼって10分ほど歩くと、最近できたばかりの佐倉市立美術館が、シャトーのような外観でそびえ立っていた。

 人並みに押されて、逆方向に歩くことはおろか、立ち止まることすらできない大都会の展覧会場とは違って、地方の県立美術館や市立美術館は、どこもゆったりと(ガラン)としていて、1枚の絵の前に何分間立ち止まっていても、誰にも何とも言われないのが嬉しい。デルボー展でも、3階と2階に分かれた展示場のうち、最初に入った3階に置かれていた「森の中の駅」という作品が気になって、10分くらい近づいたり離れたりしながらながめていた。

 巨大な木々が生い茂った空間に、石が敷き詰められてその上に鉄道の線路が敷設され、そこを客車と機関車が走っていて、それを赤い服と青い服を着た2人の女の子が並んで見つめているという構図。森の中にある駅で降りた人は、いったいどこにいくのだろうか、とか、列車を見つめている後ろ姿の女の子は、誰かを待っているのか、それともただ列車が好きなのか、とか、見ているうちにいろいろなドラマが頭に浮かんでは消えていく。

 アンリ・ルソーの描くジャングルのように、濃い緑色をした恐ろしく巨大な木々と比べると、駅や列車が小さく描かれているような気がする。列車を見ている女の子はさらに小さい。画面の手前に来るに従って、対象物が小さくなっていくのは、遠近法的に言えばとてもヘンなことなのだろうが、それが覆い被さってくるような圧倒観を見る者に与えていて、誰もが絵の前で足を止めさせられてしまう。

 2階の第2会場には、いかにもデルボーな作品がたくさんあって、3階より長く滞留してしまった。中でも「ポンペイ」という絵の前では、正面を向いて目をつむり、両手を肩の高さまで上げて拳を軽く握っている、真ん中分けの金髪をした裸の女の人が余りにもキレイで、「森の中の駅」よりも長く見入ってしまった。スタイルの良さもさることながら、肉の下にちゃんと骨が通っているように見えるところが、ただのキレイなイラストとは違っている。向かって左側に立つ帽子を被った半身に構えた女性も、スレンダーでとてもキレイ。1日見ていてもきっと飽きない。

 どこでもドアのように建物もない場所に立ち並ぶドアとか、アルテミスの神殿の手前を横切る路面電車とか、女だらけの絵の中に唯一の男として入り込んでいる「オットー・リーデンブロック教授」(ヴェルヌ「地球の中心への旅」の主人公)とかを描くことで、カンバスの中に不思議な世界を作り出そうとしているのは間違いないが、そこから特定の意図を読みとろうとしても、なんだか徒労に終わりそうな気がする。見る者がそれぞれに、自分の深層意識をサルベージして、ドアや路面電車やリーデンブロック教授と符号するものを、引っ張りだして来るのがいいのかもしれない。もっとも、裸の女性にただ「キレイだなあ」と見入っている自分には、そんな高尚なことはとても出来そうにないが。

 デルボー展はこの後いったん京都へ行き、来年2月から新宿・伊勢丹美術館に戻って来ることになっている。しかしデパートの狭い空間よりも、天井を高くとった本当の美術館で見る方が、よりデルボーの世界を楽しめるのではないかと思う。でもたぶん、いや絶対に、もう一度「ポンペイ」の女性に会いに、伊勢丹美術館に行くことになるんだろう。
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