デッドエンドラプソディ

 已已巳己幽(いえしきかすか)という少年が、通り魔に襲われ死んで、目覚めたら10年が経っていた。目覚めさせたのは、魔術師になった妹の心隠(しおん)。まだ幼かった彼女は、あれから10年経って、今は死んだときの幽と同じ16歳になっていた。

 物語はそこから、最愛の兄を甦らせようと、修行して修行して魔術を覚え、それも世界最強の魔術師と呼ばれる身になってまで、兄の復活に10年を費やしてきた心隠の、深くて激しい思いに幽も応えようとして、禁断ながらも幸福の恋愛模様が、学園を舞台に繰り広げられる、かというとさにあらず。

 草薙絡による講談社ラノベ文庫新人賞佳作「デッドエンドラプソディ」(講談社、620円)は、多くを誘いそうなパターンを持ち込みながらも、そのパターンに沿った恋愛あり、ドタバタりのコメディを演じて、それを期待していた人を、期待通りと喜ばせるような、他に類例の多々ある展開へとは向かわない。

 幽に甦ったことへの喜びはゼロではない。とはいえ戸惑いもある。信じられないことがわが身に起こって、なおも信じられないでいるほどの、無知でもなければ無能でもない幽。それだけに、金髪で長身の美少女が、エクソシストだと言って襲ってきて、死してなお甦り、動き回っている幽を神の摂理に反した存在と断じた言葉に、自分の存在への疑義を覚えてしまう。

 不条理なその身を厭い、エクソシストの集団のみならず、内輪であるはずの魔術師たちですら、敵に回って心隠にいやがらせをしようとするなら、潔く自分が再びの、あるいは既に2度ほど復活させられているのだから、3度の死を選び、自殺するのが摂理にかなったことだと幽は考える。実に理知的。そして理性的。熱くて真っ直ぐで、後先考えずに突っ走っては、結果がそれに付いてくるような、燃えるキャラクターの逆を行く。

 それでいて幽は、自分のために10年を費やして魔術師となった心隠なら、自分がいなくなったと知って、それをさせた集団も組織も、あるいは世界さえをも敵に回して大暴れする可能性にも考え及んで、簡単には答を出せずにいる。保護を申し出てくれる魔術師もいて、受け入れれば安心の生活が待っている。こんな良い話はない。それすらも幽は返事を迷う。

 妹に思われ、復活までさせられた兄が何より大切にしたいこと。それは妹に平穏を取り戻させること。すでに最強の魔術師になってしまった妹がいる以上、時間は巻き戻せない。自分が死なないで、妹が普通に成長して、家族そろって暮らしていける、そんな日々は帰ってこない。絶対に。

 だからといって、投げ出さず、逃げ出さすことは幽にはできないし、やろうともしない。自分がそこにいて、妹が魔術をふるって大暴れしないで、理想ではないけれど、理想に近い生活を送れる方法を探して、幽はひとり夜の学校へと向かい、校庭に立ってすべてを引き受け、うち破ろうとあがく。その強さ、その聡明さに、決して派手で華々しいものではないけれど、じわじわと滲む爽快さを感じないではいられない。

 心隠と同じ学校に通うようになった幽の前に現れた、眼鏡をかけた美少女が、実は吉村アツシという名の男子で、普段から女子の制服を身につけているという設定。前は幽を摂理に反すると言って、長剣を振るい襲って消そうとしたエリシア・カラスが、すぐさま同じクラスに転入してきて、幽の監視にあたるという展開。加えてもう1人、ゴーストバスターズの少女も絡んで幽を狙う状況に、よくあるハーレムシチュエーションを見たくなるし、そうした節も決してないでもない。

 兄以外とは誰とも口がきけない心隠を連れ、吉村も入れて校内を歩き回ったりする日常描写、そこに監視役という事実は隠し、傍目には恋人のように幽に付きまとうエリシアがいて、休日には幽の家に上がり込んで監視を続け、外に出歩いてデートのようなこともしたりと、ほのぼのとした場面も割とある。ツンとしているエリシアの、時折みせるドギマギとした表情も悪くない。

 ただ、アツシは幽を友人としては見ても、そこに恋愛感情は混ぜないし、幽を監視しているエリシアも、その庇護者である最強の魔法使い、心隠には力では絶対にかなわないという諦観を、どこか引きずっていて、幽と真正面から敵対するでも、恋愛感情を育ませる訳でもない。すべてがクールで条理にかなった心理状況。それだけに、存在そのものが不条理な幽の懊悩も深まるし、そんな不条理を思いだけで成し遂げてしまい、崩されることを赦さない心隠の、どこか壊れた心根が、寂しげに浮かんで読む者の背筋を糺させる。

 パターンを使いながらもパターンに落とさず、頭が悪かったり聞き分けが悪かったりするキャラクターを出して読む人を辟易とさせることもない。理性と知性の筋を通しなながら、そこに大きく存在する不条理を浮かび上がらせる。すべてがドタバタに押し込められがちな最近の傾向からは、少し外れた味を持った物語。アクションシーンもあり、ドタバタもあって、情愛の大切さを感じさせるスッキリした結末も付け、不条理をどう受け入れていくのかを諭す。その上で。

 ラストに不気味さの漂う深遠な引きを付けて、先への興味を誘った草薙絡の「デッドエンドラプソディ」。その世界にいったい何が起ころうとしているのか。それは何者の思惑によるもので、それに幽はどう立ち向かうのか。続きが楽しみだ。


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