フォーマイダーリン!
月夜は無邪気に竜退治

 新人賞を受賞した新人作家のデビュー作がいきなり大ヒットしてシリーズ化されて大ベストセラーになる、なんて美しい事例が過去に決してない訳ではないけれど、捕れて1匹2匹の泥鰌を狙って、作家志望者が最初からシリーズ化を意図した作品を新人賞に応募してみたり、あるいは受賞作でデビューさせるに当たって、編集者がシリーズ物に書き直させるなんてことが最近、目に見えて増えているような気がしないでもなく、刊行された新人作家のデビュー作の多くがシリーズ物になっていて、デビュー作からずっと同じシリーズだけを書いている新鋭作家も結構いる。

 面白ければそれは別に悪いことではないし、実際のところ他に浮気をされるよりは読んで楽しく目に覚えのあるシリーズを、ずっと書いていって欲しい作家も少なくない。例えて言うなら上遠野浩平は「ブギーポップ」シリーズだけ書いていればいい、とか。上遠野の場合は他に立ち上げたシリーズも、いずれはひとつのワールドに並べられそうな感じもあるから、浮気をしているようで実はしていなかったりするかもしれないけれど。

 もっとも、シリーズなんて売れている時は良いけれど、それを熱烈に愛した世代が長じて本を買わなくなると、途端に売れなくなってしまう可能性がある。世代を変えて受け継がれる作品もないではないけれど、10年も15年も前に始まったシリーズの1巻を今読んで、ちょっぴり古いかな、なんて思わないものがいったいどれだけあるんだろう。100通1000通と寄せられる応募作の中から、並みいる強敵どもを押しのけてデビューへとこぎ着けられるだけの才能なんだから、安全牌のシリーズなんて狙わないで、まだ若くて体力のあるうちに、いろいろと試してみて欲しいという気がやっぱりある。

 その意味で言うなら、「ファミ通えんため大賞」を受賞した「赤城山卓球上に歌声は響く」(エンターブレイン、640円)でデビューした野村美月は今時珍しい作家かも。デビュー作の刊行からわずかに1カ月で刊行された第2作目の「フォーマイダーリン! 月夜は無邪気に竜退治」(エンターブレイン、640円)は、1作目とは舞台も話の傾向も、雰囲気までもがまるで大違いの内容でまず吃驚。かてて加えて1作目に負けず劣らず面白くって、2度3度と驚かされる。さらに言うならこれの刊行から1カ月後に出た3作目「天使のベースボール」(エンターブレイン、640円)がまたもや違った作品で、さらに驚かされたんだけど。

 さて「フォーマイダーリン!」。幼なじみで超絶美貌の持ち主で、王都に上って騎士になったらたちまち城とか城下にいる女性たちのアイドルになってしまったユリウスという青年に、会いに行ったリリカだったけど、ユーリのファンクラブを結成しては宮殿にたむろしているお姉さま方に行く手を阻まれ、あげくは「化けそこないのタヌキみたいなコロコロとしたお顔を、田舎のお山で作り直しで出直していらっしゃい」とまで言われてしまって大ショック。それがほとんど事実だっただけに怒りの持って行き場がなく、王都の大通りを泣きわめきながら突っ走る。太文字ゴシックで「うわあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」と書かれたその場面の描写からして、目に浮かぶおかしさがあって、語り口の軽妙さとともにさてはてこれから一体、何が起こるんだろーかと興味を惹き付けられる。

 城からは退散したもののそこは生来の気の強さでもって彼女たちを見返してやろうと、リリカは魔法美容でもって美人に生まれ変わろうとする。ところがやっぱり先立つ物がなく買えたのはこんにゃくダイエットセットだけ。おまけに降り出した雨で「こんにゃくが水を吸って、くらげみたいに溶けちゃうかも」とオロオロしながら飛び込んだ白い建物で、見かけは10歳くらいの少女でおまけに眼鏡っ娘、その実態は年齢不詳だったりする魔法美容師のティファニーに遭遇して、これ幸いとリリカはティファニーの弟子になって、自分を綺麗にするための魔法美容の術を教わるとこにする。

 とまあ、そんな感じで始まったリリカの王都での修行生活は、流す汗が美容に良いからと竜退治に行こうとしたり、夜毎現れては女性から「美」を奪う犯人を捕まえようと暗躍したりと大騒動の連続。それぞれの話がテンポよく盛り上げられてはしっかりと落ち、そんな中で心をワクワクさせられたりウルウルさせられたりする筆の運びにひたすら感嘆させられる。第3話の「ありふれた魔法の解き方」なんて、カエルになってしまった少女を元に戻す魔法探しに、ある事件をめぐっての犯人探しという2つの謎解きが絡んだ良質のミステリー。軽妙さと話の突飛さとハートウォーミングな展開が、ちょっぴりスレ違っている感もあった「赤城山卓球城に歌声は響く」より、しっかりと娯楽してて小説してて楽しめる。

 ティファニー師匠がどうして10歳眼鏡つ娘姿なのか(読者サービス、という訳でもない)、どうしてユーリはクールな朴念仁なのか、なんて具合に登場するキャラクターの過去なり未来なりへの興味もいろいろあって、収録された3話では全然物足りない。現時点でシリーズ化が決まっている風はないし、これがここまで書けるなら、他にもっともっと面白い話もかけるだろうという確信もあるけれど、ここはひとまず是非とも是非にでも、半熟リリカの猪突猛進修行日記を描いて数ある謎に決着をつけてもらえたら有り難いやら嬉しいやら。期待、して良いのかな。

積ん読パラダイスへ戻る