ダンスインザウインド
翔竜伝説

 北に有馬記念が開かれる競馬場、南に公営の競馬場がある街に住んでいる。電車に乗って西へと向かえば錦糸町に後楽園と場外馬券売場まで30分から50分といった場所に居る。職場からだって地下鉄で新宿、銀座、後楽園につながる丸の内線を足下に抱え、にも関わらず未だ1度として競馬場にも場外馬券売場にも行ったことがない。

 競馬が嫌い? まあ心から大好きと呼べるほどの関心は持ち合わせていないことは確かなようだ。あの目の血走った輩がわんさと集まって、優雅さの微塵もない姿で競馬新聞を振り回して騒ぐ姿をテレビの中継で見る度に、馬が可愛いとか騎手が格好良いとかいっても、結局は金儲けがしたいだけなんじゃないかと、そんな皮肉の1つも口にしてみたくなるくらいだから。

 けれども競馬の漫画は読んでいた。つい最近まで少年漫画週刊誌で連載されていた騎手と偉才の馬とを主人公にした漫画はワクワクとして読んでいた。血の因縁、人と生き物との心の交流、激しいライバル心にあまりなかったもののロマンスと、ありきたりだけれどそれ故に弱い人間の心をチクッと刺して惹き付ける、要素がてんこ盛りだったことがあるからだろう。

 もしもそんなメンタルでお涙頂戴で、けれどもだからこその部分を今の競馬に感じられれば、馬券を買うかは別にして競馬場にくらいは通えるようになるのかもしれない。残念ながら今のところ、予想こそが第一義とばかりに馬柱を立てるメディアからは、情動に訴える要素がにじみ出てはおらず、リアルな世界のリアルな競馬の惹き付けさせてはくれないのだが。

 その意味で言えばもしも今、この星に「ドラゴン・レース」なるものが存在し、そこにグバイF(ファーム)なる牧場から翔竜が出竜(?)していたら、心底より応援してレースにも通い竜券(??)だってご祝儀とばかりに買っていたかもしれない。岩佐まもるが第4回角川スニーカー大賞優秀賞受賞作「ダンスインザウインド 翔竜伝説」(角川書店、560円)で描いたその世界に、大いに惹き付けられてしまったのがその理由だ。

 恒星系ルファールが内包する4つの居住可能惑星メガミクス、ゼリファ、レンデス、ルナミクスのうちメガミクスを除く3星には、ゼリファに源を発する国家ミューズから派生した3帝国が形成され、ミューズ王朝に伝わる伝説に従ってドラゴン・レースが盛んに行われていた。主人公のストールはそのうちのゼリファで、グバイFなる牧場を社長として切り回し、競翔竜の育成に日々いそしんでいた。

 まだ15歳の彼が社長になったのには理由がある。不世出の名竜とも讃えられる「奇跡のアスカ」ことアスカノクターンを引退後、繁殖牝竜として別の惑星へと向かおうとしていたストールの父が、ゼリファを滑るクレイオ王朝へのテロに巻き込まれ、アスカノクターンともども死亡してしまったからだった。

 残された従業員たちの総意もあって、社長を嗣いだストールに、同じく残されていたのがアスカノクターンの血統を受け継ぐ1つの卵。そして物語は、この卵から1頭の竜が孵ったところから、新しい伝説へと続く幕を上げることになる。

 競翔竜として適さない、古い形質の遺伝子が目覚めて炎を吐く竜に生まれついてしまった仔竜をまず、ストールは処分するかどうかを迫られる。経営のためには処分が適当、けれども牧場長の娘でストールとは幼なじみのメルは、本当は竜を救いたいのに経営を考え救うと言えないストールが気に入らず、憎まれ口をたたいてばかりいる。

 グバイFが抱える別の竜が長距離レースに適さないからと、短距離に回す決断をした時も「逃げるのか」と挑発する始末。初めて直面する重大時を経て、物語の前半はストールが1つ、大人という言葉が持つ妥協の響きとは無縁の成長を遂げる。ストールの覚悟とメルの意地、双方がぶつかり合いまた調和しあってグバイFが一段のまとまりを得ていく様は、読んでいて実に清々しい。

 そして第2幕。処分をまぬがれたものの、手術によって能力の1分を奪われ将来を不安視される仔竜を抱えたグバイFに、年齢を重ねた専属騎手の後を嗣ぐ見習い騎手がやってくる。その少女、ウリュメルの身分と、ストールの父及びアスカノクターンが死んだ事件との関わりを経て、ストールとメル、ウリュメルそして飛べなかった仔竜・クーの文字どおりの”飛翔”の様が描かれる。

 支える専属騎手のラルフ、医師のマダムL、そしてほかの牧場の面々の暖かい励ましと厳しい叱咤の中から沸き立って来る、ドラゴン・レースというものへの愛情を見せられ、それほどまでに彼ら、彼女らをのめり込ませるドラゴン・レースへの関心を掻き立てる。

 首根に鞍を置いて騎手を載せ、大空を飛翔していく竜の姿を想像するだに、それはターフを力いっぱい駆け抜けていく競走馬たちとも通じる激しく美しいシーンが頭に浮かび上がる。重圧に押しつぶされそうになりながらもひたむきなストール、やんちゃなメル、高貴さを秘めたウリュメルそして空に舞い上がる竜の姿を描いた西村博之のイラストが、想像のシーンに現実のビジョンを重ね合わせて見せてくれる。

 巻末で幕の上がった伝説は、尽きるページとともにいったんその流れを断ち切られる。それで十分だと思う一方、ウリュメルの、クー或いは「ダンスインザウインド」の積み重ねられていく伝説の数々を、読んでみたいという気が消えてくれない。ストールの、メルの竜たちへの愛ある姿ももっともっと味わいたい。そして3つの星に生きるドラゴン・レースに関わる人々のドラマを知って、ドラゴン・レースへの興味を膨らませたい。欲を言えばドラゴン・レースのビジョンを影像によって見てみたい。

 だがしかし。現時点でドラゴン・レースの伝説は途絶えたまま。ならば。その興奮のカケラでも拾いに、中山へ、船橋へと足を運んで空ならぬターフをかけるサラブレッドの姿に飛翔する竜の姿を見、鞍上の騎手にウリュメルの美貌を重ねて飢えた心を満たすとしよう。岩佐まもるの次をひたすら待ちながら。


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