大唐風運記
洛陽の少女始皇帝と3000人の子供たち

 若い人が読む本だから、若い人の方が読者の心に届く話が書けると思われても仕方がないけれど、良い意味での稚気さえあれば、幾つになっても若い人の心に届く話は書けるもの。重ねた年齢の分だけ知識と経験も抱負だから、合わさればとてつもなく面白い話に仕上がって不思議はない。

 好例が田村登正の「大唐風雲記 洛陽の少女」(メディアワークス、510円)。今をときめく作家陣を続々を生み出して来た、「電撃ゲーム小説大賞」を受賞した作品というだけでも期待が持てるけれど、加えて当人、当世とって50歳を超えているというからもう仰天。10代デビューが割に普通になった昨今だけに、逆の意味で読む前からいったいどんな話なんだろうと想像をかき立てられた。

 結論から言えば大正解。漢字名前を持って仙術めいた技を使う人や、一子相伝の拳法を駆使して並みいる強敵どもを倒す豪傑が登場する”チャイナ風”のファンタジーが氾濫するなかで、久々に真っ当に歴史上の、時代でいうなら唐代の中国を舞台に史実に現れる人たちを主人公に据えて、その活躍ぶりを描く話というだけで中国史好きにはたまらない。

 なおかつ単なる懐古趣味には陥らず、また歴史をいたずらに弄ぶこともせず、史実と向かい合おうとする強い意志に満ちていて、ともすればご都合主義に陥ってしまうケースもある歴史改変物とは一線を画したスタンスを持っている。歴史を改変したくなるのはそれが好奇心を満たしてくれるからであって、読んで面白いものも決して少なくはないけれど、「大唐風運記」は仮に歴史を変えられないのだとしても、出来ることはあるのかもしれないということに想像を至らせてくれて、読んでいて好感が持てる。

 舞台は755年の長安。夜毎に現れる謎の光の正体を確かめようとした方術修行中の履児という名の少年と、その師の前に現れたのは、姿こそ少女だったものの中身は50年前に死去した則天武后だった。聞くと安禄山の反乱で陥落した洛陽で、兵士によって無惨にも殺害された少女の姿に憤りを覚え、復活して今の皇帝に争いをやめさせようと働きかけに復活したのだとか。後世の歴史家にとって悪女の頂点と言われている則天皇帝も、治世の間は決して独裁者ではなかった訳で、その辺りを当時に遡って描いてあって勉強になる。

 傾城の美女との誉れも高い楊貴妃の描き方も実にユニーク。地方出身者ならではの言葉遣いや国を救おうと頑張る時に見せる行動力。グラマーと言って足りないくらいのボリュームで描かれたイラストともども、伝え聞いている美女ぶりとは違った「良い女」ぶりを見せてくれている。日本でも「引き目鉤鼻」が美男子だった時代もあるし、「源氏物語絵巻」に描かれたオカメ顔の女性を美女と言っていたのだから、楊貴妃もあるいは描かれたとおりの女性だったのかもしれない。

 物語の方は、洛陽と落としいずれは長安へと迫って蹂躙するだろう安禄山に対抗するため、履児とその師、詩人の李白にもちろん則天武后とその片腕で霊体として復活した上官婉児らが連れだって、過去へそ遡り未来へと渡っては長安の街、というより長安に住む人々を救おうと飛び回る様が描かれる。歴史上起こったことを復習しながら進んでいく物語は、読んで歴史の勉強になるし、時間と空間の移動を巧みに使ったパズルのような展開には、果たしてどんな結果が待ち受けているのかと興味をひかれる。ラストのオチは鮮やかにして感動的。なるほどそうだったのかと吃驚仰天させられる。

 今時の小説には珍しく「ですます」調で進む語り口と、ヤングアダルトの文庫には珍しくビッチリと詰まった文字数に、手にとってざっとながめて難しそうと引く人もいそうだけれど、登場するキャラの個性、とりわけ復活した則天武后や居酒屋の看板娘の安麗華、かつてないユニークさを持つ楊貴妃といった女性キャラの生き生きとして力強い姿に触れるうちに、知らず物語りへと引き込まれ、ラストへと連れていかれる。

 肝心の主人公の履児については、1巻で示された冒険ではまだ運命には足りなかったようで、次なる冒険へと歩を進めさせられることになる。その第2作目「大唐風雲期 始皇帝と3000人の子供たち」(電撃文庫、530円)は、ぐっと遡って則天武后にとっては大先輩も大先輩、中国で最初に皇帝を名乗った始皇帝の時代を舞台にして、不老不死になるために子供たちを生け贄にしようとした始皇帝の企みを邪魔しようと、履児に則天武后に楊貴妃、酒場の看板娘の安麗華らが大活躍する話が繰り広げられる。

 時代が前後に飛んだあげくに、ピタリと着地する絶妙の構成が光った第1巻の「洛陽の少女」に比べると、読み終えた後の感嘆にいささか足りない部分もあるけれど、まとまりはあるし何より始皇帝が残した兵馬俑に関する圧倒的な情報量が、読んでとても勉強になる。ヤングアダルトを好んで読む中学生や高校生が、中国の歴史に関心を持つきっかけになりそうだ。

 結論から言えば、シリーズを通した主題になっている履児の「虎の尾を踏む」ような大冒険ではなかったようで、深まる師匠の謎と同様にまだまだ先へと続きそう。見かけは少女ながらも中身は百戦錬磨の大年増という則天武后が見せるコミカルなふるまいを楽しみつつ、今後登場の3巻4巻5巻6巻……もしかして100巻かもしれないシリーズに描かれるだろう大冒険の数々と、驚天動地の結末を期待することにしよう。60歳を超えても作者が稚気と才気を保ち続けていることを願いつつ。


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