ちりぇりあい
ちぇりーぼーいあいでんてぃてぃ

 オタクで引きこもりでデブチンで、中年で不細工でなおかつ童貞。そんな野郎に果たして生きてる価値があるのだろうかと聞かれて、普通だったら誰もがおそらく「絶無!」と声を大にして答えることだろう。

 だがそうなのか。本当に生きて息を吸い飯を食う価値など童貞には存在しないのか。否。断じて否と声を大にして張り上げた小説が、戸梶圭太の書いた「ちぇりーぼーいあいでんてぃてぃ」こと「ちぇりあい」(祥伝社、1500円)だ。

 ひとたびページを開いて読めば、数十年を隠れて生き、もはや墓場の底まで童貞を隠し持っていくしかないと決意している中年も、この先どうやっても卒業できないと不安に駆られている若者も、心から童貞を誇り闊歩できるようなるだろう。ほんのさわりの一瞬だけは。

 場所はとある大学。米国帰りではあるものの、半ば引きこもり気味の学級生活を続けて気味悪がられている亀山田教授が実は、密かに見つけていたのが童貞の脳にだけ発生するある物質。それを使うと不老不死に近い効果を持った薬が作れるということが判明して、製薬会社や化粧品会社が教授を抱き込み資金を出しては、物質を出す童貞の確保に乗り出した。

 黙っていられないのがその冴えないながらも得体の知れない亀山田教授を、若い頃からライバル視して来た鳴滝教授。スパイを送り込んで童貞だけが出す脳内物質の秘密を掴むと、自分も製薬会社や化粧品会社をバックに付けては、原料を生成する童貞の確保に乗り出した。

 この鳴滝教授が採ったのが、金に飽かせて集めては、物質が出やすいように童貞野郎をいじめ抜くという手法。あるいは童貞に多いアダルトアニメの好き者が集まるネットを通じて情報を流し、映画館に集めてアニメ映画を見せ、興奮したところを棒でぐさりと突き刺して、開いた穴から脳内物質を取り出し塞いでまた収穫できるようにする手法。

 なるほどあまり人権的とは言えないまでも、童貞達にはそれなりの金額が支払われるため、童貞達が尽きることはなかった。一方の亀山だ教授も、金に飽かせて童貞を集めようとするものの、そこに送り込まれたのが中年のオバさんによる童貞切り軍団。車を止めさせ童貞野郎を眠らせてから、たるんだ腹を抱えて上にまたがっては、貴重な童貞を奪い去っていく。

 敵に渡すくらいなら自分たちで使えなくするという消耗戦。かくも激しい童貞争奪戦が繰り広げられる一方で、商品化された若返り効果のある化粧品を奪い合う女性たちの凄まじい戦いも起こり始めた世界。ひたすらに混乱していくその裏に、実はとてつもない陰謀が進んでいた。それは……。

 読めばすなわち架空の物質をめぐり繰り広げられる騒乱を描いたSFで、例えるなばら筒井康隆が描く架空のイベントがエスカレーションしていく様を笑いの中に描いたスラップスティックドタバタSFに近い匂いが漂っている。

 なおかつ現代の日本で話題の中心になっている、オタクに喪男に童貞野郎の生態に切り込んだ、社会派の顔も持ったSFでもあったりする。読めば童貞野郎は認められたことに歓喜を味わい、そして虐げられ捨てられる恐怖を味わうことだろう。また非童貞は失われてしまった自らの価値を嘆きつつも、それ以上に得ていた当たり前の幸福に安寧を覚えることだろう。

 息も絶え絶えになった童貞が這々の体でたどり着いたエンディング。眼前につり下げられた餌が目的の直前に奪われ、そして己が性向の哀しくもおぞましい様を思い知らされる場面に、童貞諸君よあなたは心から笑えるか? 笑えるとしたら君こそが真の童貞だ。今さらの快楽を否定し恐怖も気にせず、すべてを諦観してそう在り続けることを決意した、正真正銘の童貞であると認め讃えられることだろう。

 石の礫と蔑視の視線にさらされながら。


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