C.S.T. 情報通信保安庁警備部

 便利は怖い。怖いは便利。

 つまりは、テクノロジーの進化は人類に多大なる恩恵を与えてくれるけれど、同時に恐ろしい災厄ももたらしかねないという、人類が道具を手にし、火を使うようになってから繰り返し問いかけられて来た命題に、これも挑んだ作品だといえるのが、第20回電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞を受賞した、十三湊の「C.S.T. 情報通信保安庁警備部」(アスキー・メディアワークス、570円)だ。

 ビーンズという、耳につけて脳とコンピュータ間の情報をやりとりできるようにしたイヤーフック型の端末が、ネットワーク化された社会に普及したことで、誰もが記憶の外部化から情報機器の操作から、いろいろなことを簡単に出きるようになった。もっとも、そうした機器が普及するほどのサイバー社会となっていた日本では、サイバーテロが頻発するようになり、対策を強化する必要に迫られた日本政府は、警察のサイバー犯罪対策分を独立させ、文化省の下に情報通信保安庁を作ってサイバーテロの監視や取り締まりに当たらせていた。

 そんな情報通信保安庁の中の警備部に所属する御崎蒼司は、エリートと言えるほどの才能の持ち主ではないものの、一応は専門の情報通信保安学校を卒業し、キャリアとして入庁して現在は警備部第1部隊のメンバーとして勤務。その日も「東方見聞録」というアイドルグループのイベントに対するテロへの予告を受け、警戒に当たっていた。

 そこに起こったのが、来場していたファンが突然暴れ出すという事件。どうやらビーンズを介してウイルスめいたものを仕込まれていたらしいけれど、それがどうやって行われたかがつかめない。調べると老人ホームにいる高齢者たちが、計った65歳以上になって死亡する事件が続出していて、さらに自分の喉を突然かききり自殺する人が何百人も現れ、日本中をパニックに陥れる。

 情報通信保安庁は大慌てで真相究明に乗り出すことになり、御崎ももちろん捜査に勤しむものの、彼とは同期ながら彼とは比べものにならない天才的な能力を発揮して、誰よりも早く部隊長に昇進した伊江村織衣という美女が、同じようで違う事件を追いかけているらしいことが気にかかる。あろうことか情報通信保安庁警備部のメンバーをねらったクラッキングも発生し、秘密主義で動く伊江村が何か画策しているのではといった疑いも浮かんで、御崎やこれも同期で<美人過ぎる情保官>と呼ばれる山下みちるらを戸惑わせる。

 同期の面々は伊江村が犯罪をしでかすことはありえないと思っている。きわめて実直でなおかつ清廉。というより鈍感で、男女の機微にも当然のように疎く、御崎の自分への恋情を知ってか知らずか友人として扱おうとして御崎を嘆かせ、他の女へを走らせたりもするくらい。そんな伊江村にそんな大それた事ができるはずがない、そう信じたいけれども一方で、彼女には出生に秘密があり、5人の人間を殺したのではないかという噂もつきまとっていて、一概には否定できなかったりする。

 そうこうしているうちに、またしても大量のウイルスによる人命への毀損があり、御崎の義父もその渦中に巻き込まれる。ビーンズを含めた情報関連技術の中心にいる者たちを狙ったテロまで起こって、日本は大きく揺れ動く。いったい誰がそんことを。すべての謎が明らかになった時に浮かぶ驚きは、人間という存在を肉にとらわれないものへと変えるテクノロジーの可能性への好奇心を誘い、行き場の見えないこの国をどうすれば救えるのかといった社会的な命題への、悪魔のような解決法への興味を誘う。

 いずれそうなることもあり得るのか。どんどんと狭く世知辛くなっていく最近の風潮を見れば、あり得ることかもと思えるだけに気を付けたい、安心を誘い便利をうたって近づいていくるテクノロジーには。

 御崎に伊江村、山下のほか浅井という情報通信の天才ながら仕事にはだらしなく、ひたすらマイペースで教育係の上官の胃に穴を開けたと噂の男も入れた、4人の同期の活躍ぶりに注目していきたいシリーズ。いろいろと失ったものもあれば、新たに生まれた驚異もあって、もしも続きがあるとしたらいったいどれだけの事件が起こるのか、そして日本はどうなってしまうのか、といった興味が浮かぶ。

 何より伊江村織衣に潜むその“力”にも。来るべきサイバー社会でありネットワーク社会であり、そして脳科学の発展した社会における驚異と恐怖を描き出すシリーズの誕生を喜び、描かれるだろう解決のビジョンに注目したい。


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