CLOTHROAD
クロスロオド

 その存在に気づいたのは「めぐりくるはる」(ワニマガジン社、505円)からだっただろうか。いわゆる成年向けのカテゴリーに入る作品を描く漫画家ながらも、郷愁と残酷さの混在した物語作りの特質や、ポップでデフォルメが利きレイアウトも凄まじい絵の巧みさに、惹かれ関心を抱きその後の作品もずっと、手に取り読み継いで来た。

 フルカラーで描かれた大判の漫画作品「華札」(ワニマガジン社、1500円)に大判の画集、吉村夜や夏緑といった作家の文庫本に付けられたイラストでも、同様に圧倒的な物語力、圧巻の画力に感嘆させられたokamaだが、活躍するジャンルがジャンルだけにこれまで一般的と言えるポジションには、なかなか降りて来てはくれなかった。

 それがどいうことだ。出版社の中でも知名度でナンバーワンを誇る集英社の人気漫画雑誌「ウルトラジャンプ」で、いつの間にやら連載を始めていた模様。その作品がいよいよ単行本として登場した。名付けて「クロスロオド」(集英社、619円)という作品が描いているの、ナノテクが発達してウェアラブルコンピューティングが普通になった未来を舞台にした物語。その時代、人が着るドレスはウェアラブルコンピューティングの恩恵を存分に組み込まれ、人の能力を拡張するどころか人に新たなパワーを与える存在となっていた。

 ドレスをデザインして縫製し、作り上げる「デザイナー」と呼ばれる職種は、ナノテクやコンピュータサイエンス、人体工学に加えてファッションセンスもふんだんに持ち合わせた大スターとして讃えられていた。また、デザイナーによって生み出された衣装を身にまと「モデル」は、肉体と知性のすべてを発揮して、衣装に盛り込まれた機能のすべてを使い、さらには己の才覚でもって衣装に盛り込まれた以上の能力を、引き出すスーパースターとして崇められていた。

 もっとも7つの服飾メーカーによって支配された世界は、貧富の差が現代以上に激しくなっていて、社会の下層に暮らす人々は、いつか上のクラスへと成り上がる時を夢見つつ、二流三流のモデルが二流三流のデザイナーの作った衣装をまとい戦う「WOR−KING」を唯一の娯楽として、あるいは金をかけてあわよくば大金をせしめるギャンブルとして、楽しみ耽溺しては日々の憂さを晴らしていた。

 飲んだくれの親方の下、デザイナーの勉強をしながら「WOR−KING」で三流モデルのために服を作っていたファーガスも、底辺であえぐ若者の1人だった。いつか底辺を抜け出し一流デザイナーになる日を夢見ながら、安い賃金と三流モデルの罵倒に耐えて生きていたが、突然の病に倒れた親方のために莫大な医療費が必要となって、自分にはもはや未来への扉は開かれないのかと絶望に打ちひしがれる。

 もはやこれまで。そう諦めかけていた彼の前に現れたのが、赤ん坊の頃に離ればなれになったというジェニファーという名の双子の妹。楽天家なのか物知らずなのか、ジェニファーはファーガスのため、親方のために自分がモデルとなって「WOR−KING」に出ると言い出した。1度としてドレスをまとったことのないジェニファー。戦ったことのないジェニファーを、ファーガスは最初は相手にしなかった。しかしジェニファーの決して諦めない態度に惹かれ、友人たちの助けも受けて、共に「WOR−KING」の場へと足を踏み入れる。

 服をナノテクで最先端にするくらいなら、他の様々ななものをナノテクによって高度化して、最上層から最下層に至るすべての人々の暮らしを便利にした方が、良さそうなものだという気もしないでもない。が、そこは漫画に例え描かれていなくても、社会が発展していく段階で、服飾メーカーが利権を獲得していくプロセスがあったのだとひとまず理解。原作を担当している倉田英之が今も手掛ける、紙使いと図書館員が世界を牛耳る「R.O.D」にも似た、綿密な裏設定があるのだろうと考える。

 そうした不思議だが魅力的な世界設定に加え、相変わらずに美麗にしてパワフル、可愛くってスピーディーという不思議な魅力にあふれたokamaの絵になるキャラクターの描写が、この「クロスロオド」をとてつもなく楽しく、且つスリリングな作品にしている。何事にもひるまず負けないで突っ走り続けるジェニファーというキャラクターの造型が、未来の可能性を塞がれ沈んだ気持ちに差し込む光の通路を開き、心をハッピーにしてくれる。

 リリカルな「めぐりくるはる」にも似た物語的情念と、清冽な「華札」に通じる絵的な華麗さ、そして「キャッツ・ワールド」に並ぶストーリーの爆発力を兼ね備えた傑作漫画。「ウルトラジャンプ」の読者にどこまで話題になっているかは不明だが、いずれ遠からず評判となること請け負いだ。倉田英之脚本というからには、「R.O.D」同様のメディアミックス展開にも是非に期待したい所だが果たして。


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