キリストゲーム
CIT内閣官房サイバーインテリジェンスチーム

 180センチはあろうかという長身は、頭でっかちの日本人体型ではなく、西洋人のようにスラリとした9等身から10等身。スタイルだけでなく容貌もモデルばりの美女ながら、耳から頬にかけた顔にひどい傷が走っていて、初めて見る人をギョッとさせて近寄らせない。

 おまけに、口を開けばオタクもサブカルもライトノベルすらも否定してかかる悪口雑言の持ち主で、上司を上司とも思わず、わがまま勝手に振る舞いながらも、しっかり活躍して成果を上げる、スーパーウーマン。

 手に拳銃、肩に散弾銃、腰に音響閃光弾をひっかけバッグにはRPG(携帯対戦車擲弾発射器)まで入れ、迫る大勢の敵を相手に、すくまずひるまず仁王立ちする姿の何という凛々しさ勇ましさ。こんな美女が登場して大暴れすると聞けば、一田和樹の「キリストゲーム CIT内閣官房サイバーインテリジェンスチーム」(講談社ノベルズ、880円)に誰しもが興味を抱くだろう。

 評判を呼んで映像化された時、ブラッディカオスという聞くも恐ろしげなニックネームで呼ばれる、本名を箱崎早希というこの女性エージェントをいったい、日本人女優の誰が演じられるのか。身長だけなら「南海キャンディーズ」のしずちゃんこと山崎静代が当てはまるけれど、顔はどちらかといえば女子ボクサー向きで、スタイルも足だけでなく全体に頑健そう。ブラッディカオスの描写にややそぐわない。

 敢えて言うなら身長179センチのファッションモデルで、映画「デビルマン」にシレーヌ役として出た冨永愛ということになるのか。顔に醜い傷をつけ、鮮やかに啖呵を切りながら大立ち回りを演じて、男たちを相手に殴る蹴るの演技が出来るかが鍵になりそう。そんな脇からの興味で手に取ったとしても、「キリストゲーム」という物語はそれ以上の驚きを与えてくれるから凄いというか素晴らしいというか。

 一田和樹が「檻の中の少女」や「サイバーテロ漂流少女」といったこれまでの小説で登場させた、日本のサイバーセキュリティに関する面々が、脇に陰に登場している同じ世界観を持った1編。なおかつミステリ色の強かった前作までとは少し違って、講談社ノベルズというレーベルに相応しい、荒唐無稽でスペクタクルなエンターテインメントになっている。

 2012年の今より少し先の日本。キリストゲームと呼ばれるゲームがネットを介して流行し始めていて、世間を騒がせつつあった。「導き手」という誰かのためになることを、「救い主」なる誰かが行ってあげるというのがその趣旨だけれど、そこで問題となったのが、そうやって何かを成し遂げた「救い主」が、必ず自殺をするというルールだった。

 世評に埋もれながらも、熱烈に愛好している人がいるというアニメを、もっと布教させたいと「導き手」がネットでつぶやけば、そのDVDを抱えて飛び降りる女子が現れる。普通の人には理解不能の振る舞い。アニメの宣伝になるどころか、何か信仰めいたものをそこに見て、逆にアニメへの忌避感を招きそうな気すらしないでもないけれど、事態はそうした是非を飛び越えて、大勢の自殺者がキリストゲームから生まれて、その存在そのものへの困惑が街に溢れ始めていた。

 先鋭化も進み、キリストゲームのことを非難するような論調を出したメディアや評論家の目の前で、大勢の人が集団自殺するような事態もたびたび発生。日本の治安にとって見過ごせない存在となったこのキリストゲームを、どうにかするべく政府にあって警察とか、経済産業省とかから集められた人たちが、日本のサイバーセキュリティに関する問題に取り組むセクション「CIT」に、半ば島流しにされた経産キャリアの刈戸千項に、カミロイという名のボスから指令が下る。

 実は刈戸は、すでにキリストゲームで参加者に指示を与える「異端審問会」というグループの一員にもなっていて、ゲームの実状はある程度は知っていた。もっとも壊滅させるとなると、「法王庁」というサイトを運営している主体を潰す必要があったけれど、刈戸は「法王庁」には確たる主体は存在せず、ネット上に群れ集った大勢の人たちが放つ、ふわふわとした意識の集合体めいたものではないかと感じ、潰すのは困難だと考えた。

 中心なき社会。責任回避の連鎖から生まれる集合意識。そんな相手にどうやって立ち向かえばいいのか迷っていたところに、現れたのがカミロイからパートナーとし指名されたブラッディカオスこと箱崎早希。刈戸が無意識の集合だからキリストゲームを潰すのは無理だと訴えても、オタク嫌いでライトノベルやファンタジーに興味を示さない彼女は、そうしたものに耽溺する刈戸の言うことを信じようとしなかった。

 その割に、別の何か悪意めいたものが背後にあるといっては、刈戸の理解にはオカルトめいて見える話を持ってくる。ネットのプロフェッショナルとしてそれなりに名も知られ、自負もある刈戸にはとうてい受け入れられない説だったけれども、やがて大きく事情が変わってきて、刈戸自身の身辺に迫るスペクタクルへと至って、事態がネットに群れ集う無意識の暴走などではないことが見えてくる。

 それはあり得るのか、否か。あり得るかもしれないし、そうでもないかもしれないけれども、例えあり得ないとしても、人が耳から言葉を聞いて理解する存在である以上、何かそこにあっても不思議はない、といった見方も浮かぶ。その積み重ねによって生まれる悪事。いったい何が目的なのか。どこへ向かっているのか。そんな興味をかき立てられるエンディングに興奮し、自分自身が囚われていないかを身じろぎしながら考えてみたくなる。

 さらなる悪事も示唆されて、CITにはますます活躍の場も与えられそう。なにしろそこのボス自身が、いろいろと過去を持った人物らしい。その配下に塩漬けにされた刈戸とブラッディカオスの活躍やいかに。今回は聞き込みと戦闘と刈戸への罵倒がメーンだったブラッディカオスが、女性らしい日々なり生活なりを競るような展開にも期待したい。案外に少女趣味? それはちょっと見てみたいけれど、果たして。


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