霊障探偵白狐

 20年前とか30年前なら、確実にNONなりカッパなりといったノベルズのレーベルから伝奇バイオレンスとして刊行されて、夢枕獏や菊地秀行といった開拓者たちの後に続くシリーズとして、人気になったかもしれない天沢彰の「霊障探偵白狐」(桜ノ杜ぶんこ、780円)。ノベルズの市場が以前のようには華やかではなく、架空戦記やトラベルミステリーといったジャンルの作品くらいしか評判にならず、店頭にも並ばない現状では、そこから新しく参入となるとなかなかに難しそう。

 だから、いわゆるライトノベルのレーベルから、刊行されることになったのかもしれないこの作品。新宿の花園神社に大穴が開いて、この世があの世とつながってしまい、そこから漏れ出た霊障によって、人間が化け物に変わってしまう現象が起こり始める。そんな新宿を舞台に、白狐と名乗る少女と、化け物たちとのバトルが描かれるストーリーは、伝奇ノベルズ的な要素に満ちあふれている。

 もっとも、ライトノベル系だけあってバイオレンスもソフトで、エロスについては一切なし。伝奇だったら霊障という化け物になりかけの青年によって、下水道に引っ張り込まれた女性が、陵辱されるようなシーンがたっぷりと描かれたかもしれないけれど、そうした描写がメーンになってしまうと、そちらにばかり目がいって心も向かって、小説に描かれている本筋や設定が、背後に引っ込んでしまう。

 エロスを楽しみたい気がしないでもない一方で、魔界となってしまった新宿に生きる者たちの、共闘したり対立したりしながら生きている姿を描き、新宿へと逃げ込んで霊障に変化していく者たちの苦しみや葛藤も描きつつ、派手なバトルと人間ドラマで読ませる作品として、これはこれで良かったのかもしれない。

 さてストーリー。白狐の父親は数百年前から続く鬼退治の血筋にある強い霊能力者で、平将門を甦らせようとする宗教団体の企みと戦って、日本を破滅から救ったものの、新宿に大穴が開くことまでは防げず、そのまま姿を消してしまった。生死は不明。新宿はそして、霊障が渦巻く魔都となってしまった。

 その責任を感じたのか、白狐は新宿から離れず逃げ出すことをせず、モーターサイクルショップを買い取り改装して事務所にしては、これも一族が受け継いできた九尾の狐の金駒を相棒に、新宿へと迷い込んだ人や、霊障によってさらわれた人を見つけだす、霊障探偵の仕事を始めた。

 もっとも、霊障を所管する警察には、先走って霊障を倒して回る白狐を良く思わない公安の刑事もいたりして、権力を振りかざしてしつこく絡んでくる。それでも絶対に引こうとしない白狐。なぜなら彼女は、今も父親は新宿のどこかに生きていると信じて、そこにい続ければいつか会えると思っていた。

 そして、今日も舞い込んだ依頼を受け、財閥の御曹司がなぜか新宿へと向かい、消えてしまった事件を追っていった白狐は、その先で、異国から日本へと何か追ってやって来た、謎の一味の恐るべき計画に巻きこまれる。身に危機が迫り、日本列島にも大変な災厄が迫るなか、白狐に幾つもの救いの手が伸び、彼女は命を救われ事件もどうにか解決へと至る。

 最愛の女性のために、その身を犠牲にする男の格好良さも描かれていたストーリーは、決断を求められた時に、自分ならどうしたのかを考えさせられる。そんな愛を受けた女の一途さにも心引かれるところがある。今は離ればなれでも、いつか巡り会える時が訪れることを願いたくなる。  白狐にとって意外だったり、嬉しかったりする救いの手が伸びたことは、霊障を圧倒する力を持つ白狐にも、まだまだ独り立ちが出来ていない現れともいえそう。そんな白狐がなおも新宿に留まり、霊障を相手に戦いながら成長していくストーリーが、この後もシリーズが続いていくとしたら、おおいに楽しめそうだ。

 白狐が霊障のカラスに襲われているところを助けた、引き締まった肉体をレザースーツで全身を包みバトルを繰り広げる沢村涼子という女捜査官など、これからの活躍を期待したいキャラクターも大勢いる。そんな面々が動き始めた時、物語はさらに大きく飛躍を遂げていくことになるはず。是非に読んでみたい。だから続きを。早々に。


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