豚のレバーは加熱しろ

 豚のレバーは加熱しろ。

 食中毒を防ぐ意味から至極当たり前の助言だけれど、守らないで生で食べたらいったい何が起こるのか。それを知るには第26回電撃小説大賞で金賞となった逆井卓馬の「豚のレバーは加熱しろ」(電撃文庫、630円)を読めば良い。結構大変なことが起こるから。良いか悪いかは別にして。

 やせ形で理系のさえないオタク男子が豚のレバーを生で食べたら腹が痛くなった。だからあれほど豚のレバーは加熱しろと言われたじゃないか。それを思っても始まらず、駅のホームで苦しんだ果てに意識を失って、気がつくとどこかの豚小屋に転がっていた。

 そこに入ってきたひとりの少女。近づいてきて何か言葉を発したので、必死になって動けないと訴えよとしたら「ンォゴッ!」という声しか出なかった。そんな声など今まで出したことがない。でも出てしまった自分は豚じゃないと心で訴えたら、少女が心で「豚じゃないんですね」と言ってきた。

 どういう理屈か分からないけれど、分かってくれたと安心して自分をよく観察したら、大変なことが起こっていた。豚になっていた。そしてそこは異世界だった。なるほど割とよくある異世界転生&異種族転生。過去にはスライムになった人もいれば蜘蛛になった人もいる。それを思えば豚くらい普通かもしれない。

 とはいえ、何かチートな能力を転生の際に女神様から授かった訳ではない。人間の時の記憶をそのまま受け継いだくらいで、あとは忍豚とかでも超能力豚とかでもなくただの豚だった。物語はだから、世界を統一するような俺TUEEEEの物語へと向かって、読み手の欲求を満たしてくれることはない。

 それでも、「豚のレバーは加熱しろ」は面白い。パターンを踏襲せずそのバリエーションにも落ち込まず、シリアスでちょっぴりエロティックさも含んで進みながら、その世界ならではの事情に迫るファンタジーとして楽しめる。何より自分も豚になってみたいと思わせる。

 まずはその姿勢。低い場所からスカート姿の女性を見上げればそこには……などと考えようものなら、豚小屋に入ってきて「豚じゃないんですね」と言ってきた少女に即座に下心がバレてしまう。

 少女はジェスという名で、イェスマという小間使いの種族に生まれ育った。魔法のような力を持っていて、心を読んだり伝えたりできる。8歳くらいまで王都にいて、そこを出て小間使いを雇える家々に配置されて働いて、そして16歳になると王都に戻るよう義務づけられている。

 そしてジェスも、16歳が迫っていて近く屋敷を出て王都へと向かうことになっていた。ただ、その道中では魔法の力を溜め込んだ首輪を狙った盗賊などが現れるという。また別にジェスは、弱っていた豚を助けようとして屋敷にあった魔法を使うために必要な石を使ってしまい、自分で石を用立てる必要もあった。

 お金は持っていない。そして道中の安全を守る人もいない。そんなジェスを豚は助けようと決心する。そこでの活躍ぶりがミステリー的でサバイバル的。イェスマが魔法の石を買おうとして騙されていないかを推察し、ここで買ってはいけないとアドバイスしたり、代わりにお金を稼ぐ方法を見つけ出したりする。

 道中でも、イェスマに特有の力を使って助けを呼ぶ声に誘われ、誰かが監禁されているらしい場所を尋ねようとしたジェスたちに罠かもしれないと忠告し、危険をかわして救出も成し遂げる。チートな異能の力ではなく、そして身も豚に過ぎないにもかかわらず知識で活躍する豚がなかなか格好いい。そんな豚にだったらなってみたいと思った時、レバーは加熱しないで食べた方が良いのかもしれないと考えてしまう。豚になれるとは限らないけれど。

 そうした物語の果て、イェスマという種族の成り立ちと、王都で待っていたジェスの運命を知って迷う豚。そして……といったところであとは続きとなる物語が、どこへと向かうかが今は興味の持ちどころだ。豚はまた豚になるのか。ジェスは待っていてくれるのか。そちらの世界はどうなってしまうのか。知るためにも続刊を待ちたい。ところで豚にもパンツはやっぱり純白に見えるのか。そこも気になる。


積ん読パラダイスへ戻る