武士道エイティーン

 シックスティーン。2人は仲間だった。同じ場所で認めあい、競いあいながら、ともに強くなっていった。足りない部分を補いあい、秀でた部分をわけあって、上へ、上へと伸びていった。

 セブンティーン。2人はライバルになった。離ればなれになった場所で切磋琢磨し、そこで出会った人たちからそれぞれに学び、それぞれに教えながら横へ、横へと広がっていった。

 そうして2人は、前よりもさらに大きくなった心と体を持ってふたたび出会い、互いに互いを高めあった。広げあった。シックスティーンからセブンティーンへと重ねた年月が、2人の少女を成長させた。

 人生はひとりだけのものではないのだということを、仲間になって、ライバルになって、同士になった2人の少女の物語が見せてくれた。そしてエイティーン。人生は2人だけのものではないのだということを、2人のまわりにいる人たちの物語が教えてくれる。

 人生はみんなのもの。みんなが認めあい、競いあい、高めあい、導きあって人は育まれるのだという真理が、剣道部員の少女2人の成長を描いた誉田哲也のシリーズの最新作「武士道エイティーン」(文藝春秋社、1476円)につづられる。

 神奈川の学校で3年生になった磯山香織は、絶対に勝つという剛の剣を本意としながら、しなやかな柔の剣で自分を追いつめた甲本早苗の剣を認め、厳しいながらも意固地さは頑抑え、先輩として後輩を導きながら剣道部を引っ張っている。

 福岡の学校へと転校し、剣道を続けて3年生になった早苗も、同級生になった強者の黒岩伶那と語らい、剣も交えて互いに影響を与えながら、強豪だった福岡の高校にあって、試合に出られるメンバーに選ばれるくらいの活躍を見せている。

 そんな2人が、高校生最後の夏にぶつかり合う、というのがストーリーのメインになって不思議はなかった「武士道シックスティーン」。ところが、早苗は膝の靱帯を痛めて力を存分には発揮できない立場に追い込まれ、そのまま最後の大会へと臨む。

 だから物語は、早苗が高みに届かなかった者として香織の強さにひれ伏すなり、逆に香織の剛を砕く柔としての力を見せるような、決着のドラマへとは向かわない。もはや2人はどちらが強いか、強さは正しいかといった競争の域を抜けだしている。残念がりはするものの、認めあって高めあった関係を再確認する区切りとして、2人は最後の舞台に立って竹刀を交え、最後の戦いを終える。

 むしろドラマは、そんな2人に関わる人たちが経てきた経験や、感じた思いへと見聞を広げていくことによって、あらゆる人たちに出会いのシックスティーンがあり、戦いのセブンティーンがあって、昇華のエイティーンがあるのだということを知らしめる。

 早苗の姉は、雑誌のモデルとして人気急上昇中。ティーンモデルから大人のモデルに脱皮しようとする境目にあって、うまくいできない仕事に悩み、年下で剣道部員の少年との恋に惑う。

 モデルとして成長していく大切な時。ほかのことにかまけている時間はない。けれども恋も大切。自分を思ってくれる彼のことを忘れられない。迷い悩んだ挙げ句に彼女が選んだ道が、真剣な世界で生きる厳しさというものをうかがわわせる。

 香織の道場での師匠は、過去に今いる道場を飛び出して、全国を渡り歩いていた時代があった。祖父は技量に優れた彼に継がせる気でいたが、なぜか兄が頑なに後を継いで弟を外へと送り出した。

 どうして急にと訝る彼が、何十年かを経て知った真実は、人を斬ってこその剣であるといった考えがもたらす傷みを浮かび上がらせ、斬ることが剣ではなく、当て合うだけが剣でもない、武士道と呼ぶに相応しい剣の道のあり方を指し示す。

 福岡で早苗が通う高校の剣道部の顧問が、過去にしでかした圧巻の活躍ぶりが示す、やらなければならない時にやっておく心地よさ。香織の高校での後輩が態度で示す、自分ならではの道を探ろうとする大変さ。肉親に師匠。先輩に後輩が、それぞれにそれぞれの分野で道を切り開こうとしてあがいた葛藤と達観の物語が、香織と早苗の物語の周りに描かれる。

 目を向ければ、出会い、高めあい、別れ、競いあい再び出会い、寄り添うストレートな成長のストーリー、分かりやすいが故に感動を呼びやすいストーリーを選ぶことで置き去りにされがちな、人には本当ににいろいろな人がいるのだという事実、それぞれに思いを抱き、悩みに苦しみながらも生きているのだという現実が見えてくる。

 そこから香織と早苗の2人へとまなざしを戻していくことで、互いに讃え、周囲に感謝して生きる大切さとういものを強く知る。

 ひとまず終幕した2人の少女の物語は、ナインティーンへと至って新しい関係に向かっていく。そこから4度の武士道をめぐるドラマが描かれることはもうないだろう。あれば楽しくて嬉しいかもしれないが、重ねたシックスティーンからエイティーンの歳月と、そこから得られたさまざまな真理が、これで十分といった気分も醸し出す。

 それよりも、重なって、離れ、近づきあった道がまたしても重なって、そこに大勢の人たちの道を束ねて太くなっていった先にある、誰もが競いあい、認めあって生きる世界の素晴らしさ、尊さを思いたい。

 だから今は、楽しくて、嬉しくて、面白い物語をくれた作者に感謝しつつ、3冊の本を重ねて置こう。


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