ナハトイェーガー 〜菩提樹荘の闇狩姫〜

 人間とは違う存在が、人間に関心を抱き、あれやこれやとちょっかいを出していたら敵が現れ、人間を巻き込んでしまってもう大変。そんな、割とよくある伝奇退魔異能バトルストーリーだという感覚を、冒頭の雰囲気から得て涼元悠一の「ナハトイェーガー 〜菩提樹荘の闇狩姫〜」(GA文庫、620円)を、放り出しては損をする。

 事件なんて起こらない。最初から百合で、最後まで百合。つまりは、人間とは違う存在の美少女が、人間の美少女を異境へと引っ張り込んで良い仲になり、そこに新たな美少女が現れ、絡み始めるという展開が待ち受けている。読めば、ほんわかとした雰囲気の中に、存在の壁を越えた交流の素晴らしさを感じ取り、そんな境遇へと陥りたいという切なさに、胸掻きむしられるはずだ。

 薄暮に染まり始めた、雑居ビルの屋上に街を眺めようと、階段を上がってきた白川恵那は、見た目10歳ほどで、古風なワンピースを着た少女に出会い、言葉を交わす。妙に大人びた口調で話す少女に気に入られたのか、恵那は少女から「わたしを愛でてくださるかしら?」を聞かれ、そしてそのまま唇を奪われる。

 それから程なくして、恵那は学校の帰りにいつもの道を歩いていたはずなのに、なぜか見知らぬ路地へと迷い込んでしまう。煉瓦塀に挟まれたその路地を歩いた先で、恵那は洋館へとたどり着き、メイドに迎え入れられて、洋館の主だった屋上の少女と再会する。そこは菩提樹荘(リンデンハイム)。「わたしはフレイヤ」と名乗った少女は、恵那に「なんしをして、遊ぶ?」と誘いかける。こうして、存在のあちら側とこちら側に生きる、2人の少女の交流が始まった。

 菩提樹荘でフレイヤは、しっかりしているようで粗忽なところもあわせ持ったメイドのヒルダを従え、暮らしていた。まだ引っ越して来たばかりにしては、整った調度や庭の洋館に暮らしているフレイヤを、不思議だと感じつつしかし、これが運命なのかもと受け入れた恵那。それでもフレイヤと連れだって赴いたデパートで、支配人すら跪かせるフレイヤの地位の高さを見せつけられ、いったい何者なんだろうと不思議に思う。

 やがて恵那のフレイヤに対する不思議な感覚は、フレイヤが恵那の通う通う学校に出没して、幼い外見のくせに平気で恵那のクラスに入り込んで、授業を受け始めたりすることで、拡大を見せ始めそして、恵那の学校に奇妙な出来事が起こり始めるに至って、確信へととって変わる。

 と、普通ならそこでフレイヤの正体が判然とし、彼女が背負った運命を恵那もいっしょに背負いながら、高橋弥一郎描く「灼眼のシャナ」のような、美少女による伝奇バトルとへと発展していくだろうと期待も浮かぶ。けれども最初に言ったように、そうした期待を「ナハトイェーガー」に抱くと、強烈な肩すかしを食らうからご用心。伝奇バトルどころか、むしろ学校を舞台にしたドタバタコメディへとずれていく。

 学校では、体育ならブルマー姿になって、胸に手書きのゼッケンまで張る旺盛なサービス精神で、恵那の周りを動き回るフレイヤ。その横で、メイドのヒルダまでもがブルマー姿になって、なのに靴は編み上げのロングブーツで、下には膝上までのストッキングをガーターベルトで吊した妖しげな恰好で、鉄棒を下りてポーズを決める。ビジュアル的には羨ましいけれど、状況的には笑うしかない。

 かくも珍妙な2人に見初められた恵那には、さらに別の、こちらは純和風という美少女までもが付きまとうようになる。かといって和洋の美少女が、恵那を挟んで両手両足をつかみ、引っ張り争うという話にも向かわず、再会を祝しつつ学園の中に起こっていた、“さるぼぼ”に似た不思議な生き物が出没するという、奇妙な出来事の原因を探る展開へと進んでいく。

 事件といえばそれくらい。人間を脅かし、世界を揺るがす強大な敵なんてものは現れず、代わりに実に哀れというべきか、悲惨というべきか、とにかく実にとるに足らない理由で追いつめられた存在が浮かび上がってきて、理不尽を受け入れざるを得ない身への同情心が湧いて来る。

 黒くて艶々とした甘い菓子。日本育ちなら浮かべるのは、当然にしてそちらの方という訳か。

 結局のところ和洋、それぞれの美少女たちがいったい何者で、なにゆえに恵那に関心を抱いたのかは分からない。単に気に入っただけということなのか。それにしては2人揃ってというところに、なにか意味がありそうだが、それはまだ明らかにされていない。ベテランの職人ですら修理不可能な、謎めいた時計を鍵にして、何事か起こりそうな雰囲気を漂わせてはいるものの、それが世界を脅かす敵とのバトルに発展していく保証は、なにもない。

 どちらかといえばドタバタコメディの様相が、巻末に近づくに連れてますます色濃くなって来る。ロングストレッチのメルセデスのリムジンを、ヒルダが自ら運伝しては、狭い路地を曲がりきれずにボディをデコボコだらけにしてみせたり、女子校生が入っている弓道部の部長が、おたつくと暴発する性格を壮絶に発露してみせたりと、笑える要素が前面へと出て、読み手を飽きさせない。

 そして百合。ひたすらに百合の展開が、第1巻だけのものなのかは、続くだろう第2巻を読んでから判断するのが正い振る舞い。そこでは謎めいた時計の秘密が明らかにされ、フレイヤの正体も分かり、そしてなにゆえに恵那が見初められたのかも判明して、歴史をまたぎ時代を超えて続く大きな物語が浮かび上がって、感嘆に浸らせてくれるはず、だと信じたいが果たして。

 違っても、伝奇百合コメディとして特級の逸品であることには違いないので、期待しつつ溺れつつ、次の展開をおとなしく待とう。


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