BLUE GIANT

 面白くないはずがない設定の漫画があるとしたら、これなどが真っ先に該当するだろう。東北の仙台に暮らす男子高校生が、ジャズで世界一のプレーヤーになるという設定。いったいどうやって、そしてどんな演奏で世界一になるのか。そもそも世界一のジャズプレーヤーとはどんな存在なのか。展開への興味、完結への期待が浮かんで仕方がない。

 実際、そんな設定を持った石塚真一の漫画シリーズ「BLUE GIANT」(小学館、第1巻−第4巻、552円−600円)は、面白くないはずがなかった。というより無茶苦茶に面白かった。読めば、少年が成長していく過程を描いたドラマに引きずり込まれ、熱量を持って描かれるジャズのプレー場面に、音楽なんて聞こえて来ないにも関わらず、何か奏でられその渦中に放り込まれたような感覚にさせられる。

 圧倒的な描写力と魅力でいっぱいのストーリー。流石は「岳 −みんなの山−」で第1回のマンガ大賞を受賞した漫画家だけのことはある。

 既刊の4巻までを振り返るなら、割とスローテンポで積み上げていくように描かれるそのストーリー。主人公の宮本大は、高校のバスケットボール部で選手になって、大きな大会にも出ているくらいだら、決して劣ったアスリートではない。けれども、大学にスポーツ推薦で行くという感じでもないし、プロなり実業団へと行くといったレベルにはとうていない。それでいて勉強で大学進学を狙っていた訳でもない大が望んでいたのは、ジャズで世界一になることだった。

 唐突でもなければ意外でもない。大は中学生のころ、友人に連れて行かれた先で耳にしたジャズの生演奏に打ちのめされ、その音楽がいったいどんなジャンルなのかも分からないまま、ジャズだと言われてCDを聞き、自分でもジャズをやりたいと考えて、兄に頼んで結構高額なテナーサックスを買ってもらっていた。それを、バスケットボールに勤しんだ高校の3年間、平行するように持って歩いては、毎日毎日河川敷の鉄橋の下なり、人気の少ない土手へと行って、気の向くままに吹き鳴らしていた。

 理論なんて知らないし、楽譜も読めないし、吹き方なども超我流。リードの扱い方もよく分からず、吹いては潰し、買い直そうにも高くいため、自分で竹を削って作ろうとしたほど。もっとも、その練習量だけは半端なかったようで、CDで聞いて耳から入ってきた音楽を、自分なりにどう再現するかを一所懸命にやってやっていた。ただ音程をなぞるだけでなく、聞こえてくる音楽から漂うパッションまでも引き写そうとしていった果て、拙いながらも大は、優れたプレーヤーの音楽を、全身から放てるようにはなっていた。

 そこに運動選手としての肺活量も乗って、とてつもなく大きな音を奏でられるようになっていた大。それが災いしてか、リードを手作りしたという彼の姿勢に興味を持ち、実際に演奏も聞いてみた楽器店の人に紹介され、赴いたライブハウスで初めて参加したセッション中に、あまりに自分を出しすぎて、静かなジャズのボーカルが聴きたいんだと怒鳴った客のおやじに否定され、ライブハウスを閉め出される感じになってしまう。

 それで落ち込むタイプではなかったけれど、それでも自分の音楽はこれで良いんだろうかと思い始めた大に手を伸ばしたのが、彼の演奏を聞いて強く引かれた音楽家の由井という男だった。あのバークリー音楽院を出ているくらいだからテクニックは一流で、理論も完璧なはずだけれど、超一流には届かなかった由井やその友人が夢見ていたものこそが、漫画のタイトルにもなっている「BLUE GIANT」だった。

 それは、見るからに輝きを放っているプレーヤーのこと。たった一握りのプレーヤーの、そのさらに一部だけがなれる「BLUE GIANT」の影を、由井は大に見たようで、無償で自分の家へと誘っては、吹き方を指導し、テンポを整え、周囲の音を聞くことを覚えさせる。やがて高校卒業が迫り、本心から世界一のジャズプレーヤーを目指すと言い続けている大は、仙台を出て東京へと向かう直前、いつかうるさいと彼の演奏を怒鳴ったジャズ好きのおやじを納得させて後悔を払う。

 そこでまで来ても、4巻の半ばというくらいスローテンポで進むストーリー。各巻の巻末に添えられた漫画には、大が既に世界で大成功したのをそれぞれの巻に出てきて、大に絡んだ人たちが、振り返って懐かしみつつ讃えるような言葉が並んでいる。学園祭のステージに2人で立ってピアノの伴奏を行った音楽教師は、サインまで貰って飾っているほど。「大」とだけ大きく書かれた色紙の褪せようから、彼女が語っているのは高校時代からずいぶんと時間が経った頃だと分かる。

 そこで大は、とてつもない名いプレーヤーになっているようだけれど、そこへと至る道が描かれるには、あとどれだけの巻数を重ねていくのか。そこにはどんなドラマが待っているのか。楽しみで仕方がない。学園祭で大を最初は莫迦にしていた軽音楽部のロッカーが、大の演奏を聴いて自分たちの出番はないと悟ったほど、とてつもない演奏を大はしてのけた。読んだ人も感動を呼んだ演奏が、さらに大きなスケールで繰り広げられるのか。分からないけれど、とにかく圧巻のドラマが繰り広げられていきそうだし、そこでいろいろなジャズに関する知識も吸収できそう。

 何よりひとつのことに打ち込んで、徹底的に追及していくことで突破していく姿に触れられるのが、今は楽しみで仕方がない。何をやっても自分はだめだと思いがちな昨今だけれど、大だって最初は音楽の知識があった訳ではない。3年間のひたすらな練習があってそして強い肉体があって、誰よりも深いジャズへの思いがあった。それが腕前を上げさせ、理論を学ぶ機会を与えて一流からさらに上へと続く道を駆け上がらせた。

 思いだけなら誰だって抱ける。それを持続させさえすれば、何かしら道は開ける。そう信じたくなるストーリー。「マンガ大賞2015」の候補作にもなったこの作品が、「岳」にも増した感動と驚きを、読む人たちに与えてくれるだろうことは確実。だから読むしかない、「BLUE GIANT」が誕生する、その瞬間まで。


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