Beurre・Noisette
ブール・ノアゼット 世界一孤独なボクとキミ

 求めずして得られるものなんて何もない。求めて与えられない恐怖に怯えていては、欲しいものはいつまでたっても得られない。怖がるな。突き進め。でもできない。求め拒絶される失望が嫌だ。それだったら孤独である辛さの方がまだましだ。

 と、そう思い込んで固まってしまった心が、周りから人を遠ざけて、より深い孤独へと追い込んでいく。気づくんだ。自らが自らを追い込んでいるのだと。でも気づけない。気づきたくない。自らを否定することになるから。尊厳をうち砕かれる恐怖に耐えられないから。

 けれどもそれではいつまで経っても社会に背を向けることになる。逃げてはだめだ。理解するんだ。すべての原因は自分にあるんだと。傷つく恐怖を乗り越えよう。そして前へと進むんだ。

 そんな当たり前のことを、大勢の人がいるこの社会を生きていく上でとても大切なことを、極上の素材にくるみ焼き上げたストーリーが、集英社スーパーダッシュ文庫小説新人賞で佳作を受賞した藍上陸の「ブール・ノアゼット 世界一孤独なボクとキミ」(集英社、619円)だ。

 虐められ、無視され、疎まれているんだと感じ学校を辞めた主人公の「ぼく」こと乱場小唄。けれどもそれはぼくが悪いんじゃない。周りさえ変わればやり直せるに違いないと、そう考え1年後に別の学校へと再入学する。

 そこで浮くことなく静かに日々を送って、普通の学生生活をまっとうしようと心に決めていた矢先。お嬢様ながらも退屈な日常を嫌い、年子の妹と「弓月学園ますらお同盟」なる反共組織を学校内に立ち上げ、執事然とした老人を運転手に軽トラックを街宣車として校庭を乗り回しては、生徒に参加を呼びかけていた森中林檎に引っ張られる。

 林檎と梨の姉妹から小唄は、「ますらお同盟」に勧誘される。その美貌に心揺らぐものの、一方では登校してすぐに出会ったお菓子が大好きという不思議な少女・神無月みだらが気になって仕方がない。彼女も参加しているという、学校内に蔓延る宗教組織「ブール・ノアゼット」への参加に心惹かれる。

 クラスメートになった情報通の少女・桜井サクラと、女性のような美貌を持ちながらも喋りは古風で、代々剣術を嗜んで来たという山田朝右衛門という少年と、交流を持ちつつも積極的に触れあうことをどこか敬遠していた小唄。積極的にアプローチして来る森中姉妹には、強い拒絶を示して寄せ付けないまま、自分を孤独の淵へと追い込んでいく。

 唯一、自らが心を向ける対象に神無月みだらを選ぶけれど、どこかとりとめのない所のあるみだらは、小唄と恋人のような関係にはなってくれない。おまけにどこか遠くへ行ってしまうような言動を繰り返す。

 やがて訪れた”エピファー”の時。何が起ころうとしているのかを理解した小唄は、自分がどうして虐められ、遠ざけられていたのかも含めて自覚して深く落ち込む。けれども自分が恋した神無月みだらを救いたいという気持ちから、朝右衛門や林檎と梨の森中姉妹に自分から助けを仰ぎ、みだらの捉えられている場所へと乗り込んでいく。

 右翼の演説会を模した芸風で知られる鳥肌実のように、過激な右翼的・反共的な演説を繰り広げる美人でお金持ちの森中姉妹や、その執事として振る舞っている老人、名前からも容易に想像のつく朝右衛門などなど、癖のたっぷりなキャラクターたちの存在感がまず際だつ。なおかつ彼ら彼女たちの言動には芯があり揺らぎがなく、それぞれをまるで生きているかのように感じながらページを追いかけていける。

 ケーキやお菓子の作り方講座のような部分もたっぷりあるけれど、それは決して無駄な蘊蓄ではない。神無月みだらも所属する宗教組織の名前がそもそも「ブール・ノアゼット」。菓子の原料になる焦がしバターのことだ。その「ブール・ノアゼット」が行おうとしている儀式「フィナンシェール」もやっぱり菓子の名。学内宗教組織の活動と、菓子に冠する蘊蓄がシンクロして1つの構図を描き出す。

 その構図の中心にいるのが、お菓子が大好きという神無月みだら。宗教組織「ブール・ノアゼット」において重要な立場にあって、それでいて小唄以上に孤独な彼女が、お菓子の蘊蓄が散りばめられた物語の中にすっぽりと収まって、文字通りに神々しいばかりの輝きを放つ。何という鮮やかな手並みか。

 無関係に見えた登場人物たちがつながり、その振る舞いの裏にあった驚くべき事実も明らかになったりと、読みどころも多数あって楽しめる。癖のあるキャラクターたちの感情の機微や、配された伏線の回収といった楽しみを超えて突きつけられる、傷つきたくないからといって、誰とも触れあわないでいることが、かえって他人を傷つけ自らを追い込むんだという当たり前すぎる事実に、心を強く震わせられる。

 近づきたいのに、自分を防御した棘が相手を傷つけてしまうかもしれないと悩み、結果近づけないでいる”ヤマアラシのジレンマ”に近い状況を、どうすればうち破れるんだと考えさせる物語。ピタリと着地も決まり、読み終えて心が1枚、薄着になった気分を味わおう。

 それにしても、美貌にナイスバディに豊富な資産を持った森中林檎の誘いを断るとは、乱場小唄の純朴さにはただただ歯がみするばかり。前向きになりすべてをありのままに受け止められる心を持つに至った小唄なら、少しばかり言動が鳥肌実中将だからといって、忌避せず受け入れられるようになるはずなのだが……。無理か、やはり。


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