バスジャック

 宇宙人や未来人や異世界人や超能力者はいるんだろうか。いたとしたら世界はどんなに刺激に満ちたものになるんだろうか。谷川流の「涼宮ハルヒの憂鬱」で、ヒロインの涼宮ハルヒが「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい。以上」と言ったのも、退屈な日常を変えてくれる何かを求めたからに他ならない。

 SFだけあって『涼宮ハルヒ』のシリーズには、宇宙人も未来人も異世界人も超能力者も現れては、ハルヒの宇宙すら動かしかねないパワーが暴走しないかを見守っている。一人そのことに気づかないハルヒの姿が、このシリーズの面白さのひとつだが、半歩下がって眺めたときに浮かんでくるのは、「もしもエイリアンたちが存在したら」という可能性への憧れだったりする。

 ファンタジーやSFといった物語が求められるのは、もしもの可能性に対する憧れをしばしの時間、かなえてくれるからだ。異世界での冒険が見せる現実にはあり得ないビジョン。進化や進歩の果てに訪れる楽しかったり恐ろしかったりするシチュエーション。「ハルヒ」シリーズは、ヒロインがそんな「もしもエイリアンがいたら」という可能性に思いをはせる様を中心に置き、彼女の周囲に現実には存在しないエイリアンが跋扈する様を見せることで、手に取る読者に二重の意味での「もしも」を提示する。

 この入り組んだ構造に比べると、三崎亜記が提示する「もしもの世界」は単純明快。公共事業の一環として、お隣どうしの町が戦争をするようになった社会を描いて、決まったらテコでも動かないお役所仕事の奇怪さをえぐり、そんな不思議な事態であっても諾々と従う市民の不気味さを描いたデビュー作の「となり町戦争」(集英社、1400円)がそうだった。

 大評判になったこの作品に続く短編集「バスジャック」(集英社、1300円)も同様。ちょっぴり奇妙なことが普通に行われている社会が描かれている。そして、現実からちょっぴりずれた世界で繰り広げられる人々の言動や様々な現象が、当たり前に過ごしているこの現実が知らず抱え込んでしまっている、歪みのようなものを浮かび上がらせて、感じさせる。

 表題作の「バスジャック」は、バスの乗っ取りが人々の娯楽となっている社会が舞台。バスジャックに遭遇したいと人はこぞってバスに乗るようになって、そんな期待に応えるためにバスジャックが頑張って”仕事”をする。けれどもあまりに娯楽化が進んだ挙げ句に陳腐化してしまったバスジャック。それを再活性化させようと新たなバスジャック集団が立ち上がる。

 こんなストーリーから受けるのは、何もかもがネタと化した世界に生きる息苦しさだ。陳腐さを打開しようと新たなバスジャックを立ち上げても、そんな熱意までもがいずれひとつのフォーマットと化して、ネタとして消化されるようになっていく。あらゆる価値観が相対化されて消化されていく最近の風潮の気持ち悪さが、「バスジャック」という話を読むと心に浮かんで付きまとう。

 二階に扉を作ることが義務化された街で、新しい住民となった男のうろたえぶりを描いた「二階扉をつけてください」もそう。死別してしまったらしい親しい人のマネキンとともに暮らしながら、寂しさを埋めようとする人々の住む街を描いた「送りの夏」もそう。奇妙な習俗が当たり前のように存在している世界と、そこに暮らす奇妙な人々を通して、そんな世界がもしもあったら自分はどんな言動を取るんだろうかと考えさせられる。マネキンと暮らす人を気味悪がるんだろうか。二階扉の風習に首を傾げるんだろうか。

 「涼宮ハルヒ」シリーズのように、「もしもの世界」の可能性だけを喜んでいられない。それが文学作品とやらに必須の条件なのだとしたら、「ハルヒ」シリーズの方が読者にとっては居心地の良い世界だろう。けれどもそれでは世界に偏在する気持ち悪さかから身を遠ざけたままになってしまう。「バスジャック」に収められた短編たちは、世界の薄気味悪さと戦うために必要な心のカンフル剤なのだ。

 動物園を舞台に、全身全霊を傾け自分を動物に見せる力を持った人たちが仕事をする「動物園」という短編が、「バスジャック」の中では一番のおすすめだ。ここに描かれる現実とはちょっと違う世界には、シマウマならシマウマ、カンガルーならカンガルーの仕草や形を頭に入れて、それを心に念じることで、自分を周囲からシマウマなりカンガルーに見えるようにできる能力を持った人がいたりする。

 それ事態は一種の超能力者で、ニセモノの動物を見せる力だと歳をとった飼育係から妬まれる展開も、超能力者への迫害を描く古典SFにある題材だ。けれども自分が出来る仕事を一所懸命こなそうと頑張る能力者の女性の振る舞いと、彼女に打たれ老飼育係が心を開いていく展開は実に気持ち良い。ひたすらに夢を見続け周囲を巻き込みながらも、その一途さでもってキョンに愛されるハルヒの可愛さと比べてみても、面白いかもしれない。


積ん読パラダイスへ戻る