BAKUMAN。
バクマン。

 面白い。ぐいぐいっと引っ張り込まれて読まされながら、漫画を描くのって大変そうだけれど、でもっっても面白そうだと思わせてくれる。大場つぐみ原作で小畑健漫画という「デスノート」のコンビによる「バクマン。」(集英社、400円)は、子供たちに漫画を描く楽しさを教え、次代の漫画家たちを多く生み出す原動力になるだろう。

 けれども。少しばかりの違和感がどうしてもつきまって、心からの賛辞がやや後退してしまうのは、漫画を描いて成功を目指す子供たちの話というのを、漫画そのものが掲載されている雑誌としては頂点にある「週刊少年ジャンプ」で連載して、果たして良いんだろうかといった疑問が浮かんだから、だったりする。

 キャラクターがあって物語があって世界が創造されていて、引き込まれて楽しんでしばしの快楽を得られる漫画というものの、至高にして最上のものが揃っているのが「週刊少年ジャンプ」であって、そこにそうした漫画を生み出す過程として、個々人の間で消化され、作品へと昇華されるべき描き方マニュアルというか、描き方ガイドブック的な話が、たとえ読んで面白い作品だからといって、漫画として描かれ紹介されていて良いんだろうか?

 なるほど、漫画業界がテーマになった作品なら竹熊健太郎と相原コージによる「サルでも描けるまんが教室」という作品が過去にあった。もっともこれはマニュアルというよりは、漫画の形を借りた内幕物。そのまま参考にならないこともないけれど、漫画に染みついていたお約束を暴いて、新しい展開を導き出そうという意思がそこにあった。

 掲載されていたのも漫画の王道をややはずれて、漫画に革新をもたらすような作品を多く掲載していた「ビッグコミックスピリッツ」。そういえばこの「スピリッツ」は、後に土田世紀さんによる編集者魂の何たるか、漫画家人生の何たるかを破天荒な男を狂言回しに描いた「編集王」という漫画も掲載していた。こちらは逆にやや大げさな表現やらエピソードの中に編集者なり、漫画家の神髄って奴をのぞかせることで漫画業界全体に活を入れていた。

 読んで誰もが奮起して漫画界は大隆盛になったかというと、漫画原作者の小池一夫がイベントで語っていたように、ゼミの学生と合宿をやっているから見学に来ないかって誘っても編集者の誰も来なかったりする状況があって、全体の熱量が下がっている状況があるから難しい。大隆盛どころか逆に後ろに下がっていると、言って言えなくもない。

 だからこそ「バクマン。」のように、本気で漫画を目指す人を育てたいって意識をもった漫画が描かれることにはとても意味はある。きっと登場して来るだろう編集者たちの描写も、教師なり反面教師となるだろう面々から、いろいろと示唆されることもあるはずだ。

 だがしかし。これが掲載されているのがそうやって鍛えられ挫折も味わい訓練を重ねた果てにつかんだ座で、存分に才能を発揮している至高にして最上の作品たちばかりであって欲しい「週刊少年ジャンプ」誌上というところが、やっぱりどうしてもひっかかるのだ。

 掲載されている作品そのものがアドバイスを内包していて、それを読んでキャラとは何かを感じ取り、物語とは何かをつかみ取って自分の漫画の中で表現していって欲しいというのが感覚で、そこにそのままアドバイスのカタマリのような作品を持っていって、漫画の志望者を増やしても、漫画の神髄を自らの探求によってつかみ取る心底からの求道者を増やすことにはつながらないのではないか。そんな気がどうしても抜けない。

 おじに漫画家を持ちその落剥した晩節に触れて漫画を忌避していた真城最高という中学生が、絵の巧さを見込まれ、秀才ながら漫画の原作を書きたいと言う高木秋人に誘い込まれ、2人で漫画家での大成功を目指すという物語。2人は漫画を描きたいという情熱を見せ、有名になって彼女に告白したいという動機を語る。

 もっとも、どんな物語を紡いで、どんなビジュアルを見せつけたいのかといった部分をあまり見せてくれていない。こんな漫画に感動した。だからぼくも漫画で感動させたいんだといったことですらなさそうな2人。偶然にも親戚に漫画家のおじがいて、残されたさまざまなアイテムを参考にしながら漫画を描けしまった、これって何とラッキー? といったイントロダクションからは漫画への熱情をなかなかくみ取れない。

 そんな薄い動機から始まっこの作品をを読んで、漫画家を志す人が増えて果たして漫画のためになるのだろうか、といった心配も浮かぶ。もっともそこは、漫画を描きたくて漫画を描いて成功をつかみ、挫折も味わいながら前のめりになって死んだおじさんの存在が、半端じゃないモチベーションの必要さを感じさせてくれるから救われる。

 そんなおじの熱情に触れ、またライバルとして現れるだろう年若い漫画家たちとの戦いを通して、主人公達が何を表現したいのかを感じ取り、何が欠けているのかを理解し、挫折を乗り越え大成していく展開があれば、カーボンコピーのさらにコピーみたいな「漫画家志望」ばかりが増えのではなく、漫画でもって何かを表現したい人たちが感化され、触発されて増えていく構図にきっとつながっていくだろう。

 とはいえやはり「週刊少年ジャンプ」誌上というのが最後まで引っかかる。あの「ジャンプ」ですら、ここまでして漫画家志望者のすそ野を広げなくてはいけないんだと考えている現れなのだとしたら、漫画の置かれた状況はやはりなかなかなに末世的ということになるのかもしれない。

 重ねて言えば「バクマン。」は圧倒的に面白い。「サルまん」とは違った丁寧な漫画の描き方講座として活用でき、「燃えよペン」に「吼えろペン」の島本和彦作品とも違った漫画を形にしていく道しるべとなる内容を持っている。もはや時代が末世というなら、ここを最後の防衛地点として、多くの優れた漫画家を生みだし次代の漫画界を面白くしてくれることが、「バクマン。」という漫画が今、世に問われたことの意義であり、大人気になっていることへの期待でもある。


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