アルティメット・アンチヒーロー 常勝無双の反逆者

 「俺TUEEEEE!」にも程があるというか。人類を滅亡へと追い込もうとしている<魔王>をあっさりと始末してみせた少年が、世界からその強さを疎まれ、まともな暮らしが送れないように虐げられ、果ては能力を封印されたまま滅ぼされようとしても、世界を恨まず人類を嘆かないで人助けに奔走するのは、やっぱり自分が誰よりも強いと分かっているからか。そこから生まれる心の余裕か。何なのか。

 それは判然とはしなくても、とりあえず圧倒的に強いということは重要なんだと思わせる物語。中途半端に強いのが、競争を生んで泥沼の潰し合いを招くんだと分からせてくれる物語。それが、海空りくの「アルティメット・アンチヒーロー 常勝無双の反逆者 」(講談社ラノベ文庫、670円)だ。

 5年前に起こった<ヴァルプルギスの夜>に現れ、わずか10日で地球上のほとんどのを焼き尽くして滅ぼし、世界人口を10億人ほどまで激減させた<魔王>を相手に立ち上がった少年が神代焔。あらゆる武器も軍隊もかなわなかった<魔王>を、たった1人で倒した彼は、けれども英雄と讃えられることはなく、10カ国ほど残ったうちの<五大長>と呼ばれる世界統一政府の主要メンバーに疎まれ、逆に反逆者の汚名を着せられ、その力を封印されて監視下に置かれていた。

 それでも漏れ出る強さは半端なく、ある国が焔を抹殺しようと送り込んだ軍隊を返り討ちにするくらいの暴れっぷりを見せ、乗客の全員がMI6のメンバーという飛行機から飛び降りては日本の地へと舞い戻り、そこで<魔王>の襲来に備え、そして今も現れる悪魔たちと戦う能力を育んでいる少年少女たちが通う学校を訪れる。そこで焔は、世界に10人といないS級魔術師と誉れ高い星河純華がリーダーを務めるチームに加わることになる。

 リーダーとして? そうでない。純華と同じ101部隊に所属しながら、なかなか魔法の力を開花させられなかった一ノ谷ちこりという少女が抱えていた問題をあっさりと解決し、純華の能力や立場も尊重して、古くからの知り合いらしい園城寺栞らも加えた101部隊の一員となって、襲ってくる悪魔の撃退に向かっていく。

 そんな矢先、前にも増して強さ邪悪さを誇る<魔王>が現れ、世界を滅亡の縁へと陥れる。神代焔はといえば、その力を再び開放させて悪魔を撃退するどころか、身動きがとれない状況に置かれている。<五大長>の一員で、世界を裏で操ろうとする宗教組織が画策していた、焔に代わる新たな英雄を作り出そうとしていて、言うことを聞かない焔を用済みとしようとしていたからだった。

 能力を縛られ、<魔王>相手に勝利を望めそうもない元英雄。そして迫る世界の危機。新たに生み出されようとしている英雄が、本当に前の英雄ほどの力を持っているのか、保証の何もないなかで、それでもそうした行動をとってしまう人類の愚かさが浮かび上がる。そんな人類を見て焔は、だったら滅んでしまえと投げやりになるのが普通だろう。けれども。

 焔は逃げない。そして恨まない。もはや後がない状況で、その強過ぎる能力の一端をかいま見せる。だからといって、その強さをひけらすことはないし、ピンチの人がいたら行って助けるような善人ぶりを見せていたりするのは、元よりの性格なのか、強者故の余裕なのか。

 やはり分からないけれども、それが強さというものなのだろう。誰も寄せ付けることのない、圧倒的な強さというものが持つ心の大きさなのだろう。そうとしか思えない。もっとも、そんな焔をそれでも排除したがる陰謀が巡らされる中で、ずっと平静を保ち続けることが出きるのか。その辺りが、次の巻が出たとすれば描かれることになるのだろう。

 世界は彼の力を欲しつつ、疎んでいたりするという、政治の嫌らしさが存分に出ていて人間の醜さに辟易とさせられるけれど、一方で、高潔で公平な少年の振る舞いを見ていると、人間も捨てたものではないとも思えてくる。いったい人間の本性はどちらなのだろう。そのあたり、作者の紡ぐ物語から導き出される答えを待ちたい。


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