エンジェルパラベラム 第1巻−第3巻

 モーゼルC96、あるいはモーゼル・ミリタリーと呼ばれる拳銃と、そこから派生した一連のシリーズが登場する作品がおしなべて傑作であることは、古くは横山光輝による「狼の星座」から、近くは伊藤明弘の「ジオブリーダーズ 魍魎遊撃隊」などに代表される漫画作品を読めば一目瞭然。その独特な形をした銃自体が持つ高い存在感、それを構えたガンマンたちの姿の美しさ、細く絞られた銃口から放たれる弾丸のどこか乾いてスピーディーな軌跡に惹かれ、銃のファンになり、そして作品のファンになる。

 というよりそもそも作品自体が、モーゼル・ミリタリーの持つ魅力に喚起され、負けていられないと作り手が発奮するのか、どれもクールでスタイリッシュな内容を持ったものへと昇華して、銃に興味を抱かない人でも強い関心を抱かせる。ゲームデザイナーの芝山裕吏が、元ニートの傭兵が主人公の小説「マージナルオペレーション」シリーズ第2作、「マージナルオペレーション02」でも、モーゼル・ミリタリーを持つ幼いながらも戦闘経験を持つ少女が登場しては、小型ながらも連射が効いて場の制圧に威力を発揮する銃の特質を示しつつ、戦場で育った子どもたちの行き場の無さを感じさせて、嘆息させる。

 そんなモーゼル・ミリタリーを絶世の美女が手にしたら。グラマラスな姿態を深いスリットが入ったタイトなドレスで包んだその美女が、実は大天使のガブリエルで、大腿部にくくりつけたストックからモーゼル・ミリタリーを抜き出しては、どこか儚げな表情をした少年を奪還しようと、群がる悪魔たちを相手に構え撃ち、飛びながら撃っては確実に葬り去っていくとしたら。惚れない訳にはいかない。その美女に。モーゼル・ミリタリーに。何より「エンジェルパラベラム」(フレックスコミックス)という、環望が漫画を描き、みなみケントが原作を手がけたシリーズに。

 第1巻の冒頭で、キリエという姉を失って悲しんでいたミツルという名のは、悪魔たちにさらわれ饗宴の中でネフィリムだと指摘される。第2巻で宗教やオカルトに関心を持っていた女性刑事の口から、堕天使と人と女の間に生まれた存在で、全てを食らい尽くす巨人だと説明されるネフィリムの名が、どうしてミツルの上に冠されたのか。そのミツルを、数ヶ月前に事故で行方知れずになっていたキリエにそっくりで、けれども天使ガブリエルを名乗る女性が降臨するかのように現れ、同じくアズラエルという天使の名を持つやはりグラマラスな美女のサポートを受けながら悪魔を蹴散らし、救い出したのか。

 ミツルを狙う悪魔たちの盟主による思惑はどこにあって、ベヘモスやエリゴールといった強力な悪魔たちを送り込んででも確保しようとするのか。「アセンション」という言葉に象徴されるある現象をめぐり、その鍵となるらしいミツル少年を挟んで対峙するガブリエルやアズラエル、ウリエルといった美女や美少女の姿をした天使たちと、男女を問わず人間の肉体の中に魔界の力を秘めた悪魔たちとの戦いが、「エンジェルパラベラム」という作品では繰り広げられていく。

 霊的な存在を捨て、現世に現れるために天使なら正義の心、悪魔なら邪悪な心を持った人間たちと融合し、受肉した形となった関係で、銃器による肉体の破壊が可能となったことから戦いの多くは銃撃戦として描かれる。その結果として、凛然としたガブリエルが手にモーゼル・ミリタリーを持って走り、飛びながら撃つ美しい姿が出現し、またアズラエルがヒップの半分くらい出ていそうなローライズのパンツとビキニのトップを身につけ、上からコートを羽織っただけの姿で銃を撃つ、こちらもダークなクールさに溢れた姿が出現して、見る者の目を楽しませる。

 美少女たちに受肉した下級の天使たちも、健気に銃器を構えて悪魔たちに立ち向かい、時には追いつめられたキリエやミツルたちの身代わりとなって肉体を散らす。アクションがありドラマが重なって進んでいったシリーズの第3巻。ミツルたちは意外な人物との再会を果たし、そして悪魔たちの予想を超えた社会への浸透に直面しては、キリエとアズラエルは待ち伏せのような爆発に巻きこまれ、ミツルは神の火を使う大天使のウリエルさえも軽くあしらう謎めいた女性の到来によって何処かへと連れ去られる。

 いったい彼女は何者で、ミツルの何を狙っていて、そしてキリエやアズラエルはどうなったのか。大きな転換点が描かれ、まさにこれから本当の戦いが始まるといったところで、「エンジェルパラベラム」シリーズは掲載誌の統合を受け、連載が終わり単行本すら出ないという状況に追い込まれた。出版社であっても企業だから、売れていないから、読まれていないからもう続けられないという判断が出して不思議はない。ただ一方で、文化を紡ぎ育む出版社に籍を置く者だったら、ここまで来た物語の続きを読んでみたくないと思うはずがない。石にかじり付いてでも続け、この先に待つだろう怒濤の展開によって世間を驚嘆させ、圧倒してから大団円のうちに幕を引かせたいと思うだろう。

 現実はそうではなく、出版人ではなく商業人としての思惑が勝って、「エンジェルパラベラム」の続きは現時点で白紙の中に閉じこめられた。再開はあるのか。あるとしたらどういう形なのか。それは分からないけれどもただひとつ、言えることは「エンジェルパラベラム」は裸の美女たちが闊歩するエロティックなシーンが満載で、そんな美女たちが手に銃を持って戦うスタイリッシュなシーンに溢れた、圧倒的に面白い漫画だということ。絶世の美女が手にモーゼル・ミリタリーを持って撃ちまくるビジュアルがあり、儚げな少年が時に虐げられ、時に女装もしながら優しくて強い姉のために強くなろうとあがく物語があって、面白くないはずがないということ。

 そう言えば答えは自ずとでてくる。続かないはずがないと。それがどういう形で訪れるのか。今はまだ見えない霧の向こうに、颯爽と現れるキリエとアズラエルの姿を想像し、最強の悪魔たちを相手に激戦を繰り広げる場面を想像しながら、その時を待とう。何年でも。何十年でも。


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