天音流繚乱

 時は現代。かつて江戸幕府のために働きながらも何時しか途絶えてしまった忍者を、蘇らせては日本のために働くエージェントとして育てるために作られた学園があった。その名も「偸ノ前学園(とうのまえがくえん)」には、忍者の血を引く生徒達が全国から発掘され集められ、日々を鍛錬と学問に勤しんでいた。

 そんな生徒達でも最強の7人は、選ばれて「偸組(とうぐみ)」と呼ばれる一団を形成しては、優秀な忍者の血を後生へと受け継ぐために不可欠な、くノ一でも優れた血を持つお嬢様を護る役目を与えられていた。ところが最強のくノ一となる素質を持っているはずなのにこのお嬢様、如月天音はけれどもどちらかといえばドジっ娘で、犬が捨てられていると可哀想で脚が動かなくなるというくらい情にも厚く、最強のくノ一というイメージからはほど遠い。

 けれども選ばれていたからには訳がある。父は今なお最強と噂される”義帝”で現代の三大上忍の筆頭にあげられる実力者。母もやっぱり最強のくノ一で、笑いながら包丁でまな板を刻む力を持っている。そんな血筋に生まれた天音にはどんな力が秘められているのか。物語はかくして未だ発動しない天音を中心に、7人の格好良過ぎる男たちが恋とバトルを繰り広げながらも、天音の”正体”へと迫るストーリーへと進んでいく。

 最上のお嬢様と最強の男たち。聞けば過去に幾つだって例を挙げられそうな設定ながらもこれがどうして、さくまゆうこの手になった「天音流繚乱」(集英社コバルト文庫495円)はテンポも良ければ話も極上。正直言って面白い。嘘偽りなく楽しめる。

 週に7日。お嬢様のボディガーととして日替わりに付き従う七傑たちのキャラクターがまず楽しい。たとえば俊敏で野獣のような奴がいて、猿のように身軽な奴がいて、真面目一辺倒の堅物がいて、ニヒルでクールな野郎がいて、見た目軽薄でその実凄腕な美形がいたりする。

 7人(に実は留まらないのだが)もいる美形の男たちと聞いて鬱陶しいと思うのは早計でそのいずれのキャラもしっかりと立っていて、性格も役割も極めて明快。天音の周りでそれぞれのキャラを出しつつ動いてそれぞれの特質を見せてくれるから、目を楽しませられこそすれ飽きさせられることはない。

 とりわけ天音の婚約者という立場にある、「偸組」でも最強の力を持った”白帝”こと江河というキャラが深い。天音との婚約にどこか政略めいた感情を見せつつも、心の奥底には複雑で深い想いを抱えているという一筋縄ではいかない造型で、悪役と善玉の境を左右に揺れて興味をかきたてられ目を惹き付けられる。

 その江河に影として付き従う男がいたり、すでに卒業した元学園トップで”白帝”をも上回る”黄帝”という青年がいたりと、繰り出されるキャラのどれも存在感がたっぷりあって、なおかつそんな奴らがバトルやら忍法やら恋心の物語を繰り広げるものだから堪らない。ぐいっと引っ張り込まれて逃げ出せない。白帝と黄帝の最強対決のパートはスピーディーでスリリング。読ませます。

 かくも魅力に溢れるキャラたちをわんさと出しながらも、男たちの見目麗しさに引っ張られることなく、男たちの間に芽生える情感へと流されもせず、どこまでもヒロインの天音をドラマの中心に据えて外そうとしない所も好感。めぐらされた計略が目的としたものは何か、そして現れた天音の力は、といった種明かしがクライマックスに来て、さてこれからどうなるんだ、といった興味も喚起させられ、次はまだかと急かしたくなる。

 「札屋一蓮」のシリーズで筆の速さと話の楽しさを見せてくれた作者だけに、今後の展開の速さとそして面白さには期待も十分。発動した天音の力がいったいどのように進化を遂げていくのか。白帝への想いに純粋な天音の恋は素直な形で成就するのか。そんな想いにも素直になれない白帝と、天音に兄的な感情を寄せて守ろうとする黄帝との、最強対決が今後も繰り広げられるのか。そんな期待と想像にきっと応えて楽しい物語を読ませてくれると信じたい。


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