甘城ブリリアントパーク1

 たぶん稲城市で、そしてよみうりランドかなんてイメージは浮かんだけれど、あれでよみうりランドは「SKE48」とかの握手会なんかも開いて万単位で人が訪れることもあるし、そうでなくても休日になれば小田急側からバスで渋滞の坂道を登っていくとか、京王側からゴンドラで揺られてジャイアンツ球場を見下ろしながら辿り着くとかして、結構な人が訪れ中はそれなりの賑わいを見せている。

 だから賀東招二が「甘城ブリリアントパーク1」(富士見ファンタジア文庫、580円)で舞台にしている、東京西部にあるという甘城市は稲城市ではないし、物語に出てくるテーマパークの「甘城ブリリアントパーク」も、何かがモデルになっているという訳ではなさそう。そもそもが甘城ブリリアントパークの経営は火の車、というよりもはやほとんど消し炭と化しかけていて、2週間後までにあと10万人、来場者を集めなければ取りつぶされてゴルフ場か何かにされてしまう瀬戸際にあった。

 そんな甘城ブリリアントパークの窮地を救ってくれと、頼まれたというか脅されたのが可児江西也という高校生。割と見目は良くて、それもそのはずの経歴があって、頭も良く運動神経も抜群ながら、性格それに見合って俺様気質。だから友人もおらず便所でカレーパンを囓るような日々を続けていた彼に、行為を向けてきた転校生の美少女がいた。

 好意ではなく行為。それはスカートのどこかから出したマスケット銃を脳天に突きつけ脅すこと。一緒に来い。そして甘城ブリリアントパークを救え。どういうことだ? 一介の高校生にどうしてそれを頼むのだ? というかいったいどこからマスケット銃を出したのだ? 浮かぶ謎。けれども狼狽えるなんてことの出来ない尊大な西也は、千斗いすずという名の少女にくっついて、甘城ブリリアントパークへと来てそして聞かされる。

 ここは魔法のテーマパークだと。そして来場者を喜ばせることで得られる「アムニス」というエネルギーで、魔法の国から来たキャストたちも、そしてブリリアントパークの支配人をしている少女のラティファ・フルーランザも存在することができていたと。とりわけラティファには、魔法使いによってエネルギーをより多く必要となる呪いがかけらていて、誰よりもパークの存続を必要としていた。

 他のキャストなら、もしもブリリアントパークがなくなっても、他のテーマパークへと移って働く道もあった。けれども呪いのため病弱で目の見えないラティファには、美味しいコロッケと作ることくらいしかできず、ほかのテーマパークに働き口があるか分からず、仕事をこなせるかも分からなかった。そんな状況で甘城ブリリアントパークがなくなればどうなるか?

 危機。それも美しい少女の危機。ならばという気持ちと、そして大勢から期待をされたことに対して、やれないと逃げ出すなんて出来ない性格の可児江西也は、支配人代行となって甘城ブリリアントパークの立て直しに乗り出すことになる。そう聞いて浮かぶのは、ボロボロになった企業なり施設なりを、天才的なアイディアで立て直すというテーマの小説群。村おこしのようなテーマもそれの含まれる。

 けれども、そこはライトノベルの「フルメタル・パニック」シリーズを書いて1000万部を売った賀東招二だけあって、ありきたいな細腕テーマパーク繁盛ストーリーには向かわない。向かわせる気もない。

 見渡して、そこかしこにいる着ぐるみのキャストたちには、中の人などいないものが含まれている。どういうことか? それはラティファのように魔法の国からやってきた人たち、あるいは動物たちで、そのままの姿でパークに立っては来場者たちを楽しませ、エネルギーをもらい存在を保っている。

 それが、今はも寂れてしまって先の見えないパークにあって、少なくないキャストたちがやさぐれてしまっていた。居酒屋で飲んだくれている見た目着ぐるみのキャストたち。一般小説ではあり得ないシチュエーションがそこにある。もっとも、諦めてしまって日々の掃除もお客を楽しませる気持ちも欠けてしまったキャストたちを、どうやって鼓舞し運営を立て直すか、といったところは経営小説的なメソッドが使われている。

 発奮させること。そのためにはキャストのリーダーのボン太くん、ではなくモッフルに協力を仰ぐこと。すっかり諦めているようで、それでもラティファのために真剣なモッフルを動かし、他のキャストたちのやる気を引き出していく過程は、確かに企業の立て直し小説を見るよう。中の人などいない着ぐるみという点を除けば。

 千斗いすずも含めて、着ぐるみみたいなキャストたちが、何か別の物語なりアニメーションのキャラと被っているとお互いを言い合うシーンなどは、そうした方面に強い読者を楽しませるくすぐりで、企業小説にはちょっとない場面。というより作りようがない。また、いくら奇蹟が起こっても、10万人には達しようもないだろうと言われたその数字を達成する手法に、ファンタジーとかティーン向けの小説とかではあまり持ち出さない技があって、これも正攻法の企業小説とはちょっとずれる。

 それはライトノベル的でもないけれど、「フルメタル・パニック」で世界の行く末を巡る戦いを描き、今また原作者となって戦争請負企業の抗争を「フルメタル・パニック アナザー」として描く賀東招二ならではのシリアスさ。一種の十字架を背負って生きるのは、高校生にはなかなに厳しい話だけれど、そこに現れた本当の敵の正体と、その繰り出してくるだろう卑劣で卑怯な手段を考えた時、少々のダーティさも飲み込んで、戦っていく必要があるんだ、だから必要だったんだと、可児江西也たちに味方したい気持ちを納得させる。

 互いに正体を明かしてぶつかることになるだろうこれからの展開では、血で血を争う抗争なんてものもあったりするのか、そこはライトでコミカルにやり過ごすのか。ダーティな手段をとったというネタも握られ、次の手段を打ちにくい可児江西也に対して繰り出される難題もありそうで、彼や仲間たちがどう挑みどう突破していくのか、そして可児江西也はいつその過去を埋めて、今に羽ばたくのか。楽しめそうだ。


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