あかりをください

 「秘めた想い」を美しいという人がいます。ひょいひょいと口に出して思ったことを伝えるより、ずっと黙って想い続けていることのほうが純粋なんだと考える人がいます。沈黙は金。いわぬが華。以心伝心。口に出さないでいることを、気高く美しいと讃える言葉は、挙げればほんとうにたくさんあります。

 でも本当にそうなんでしょうか。黙っていることは美しいのでしょうか。黙っていても想いは伝わるものなのでしょうか。そうともいえます。そうでないともいえます。正しい答えなんて出せません。それは想いを抱いている人がそれぞれに、考え探し、見つけるものだからです。

 それでも迷っている人、口に出せない想いに押しつぶされそうになっている人は、紺野キタさんの「あかりをください」(幻冬舎、540円)を開いてみてください。収められているストーリーたちのそこかしこに、答えに近づくヒントが散りばめられていますから。

 たとえば「みあげてごらん」という短編。世都という女の子は、生まれたときからちょっとだけ、人と違ったところがあって、子供だったころはそれが原因で、まわりから疎んじられていました。母親でさえも世都のことを気味悪がって、夫と理世を残して家を出ていってしまいます。

 成長した世都は、自分のそんな力を人前であからさまにしないでいられるようになりました。家族ともご近所ともうまくやっています。そんなある日のこと、死んでしまった小鳥を埋めようと庭を掘った世都は、とんでもないものを掘り当ててしまいます。

 人の死体、だと最初は思ったそれは、実は大昔に地球に落ちてきたアンドロイドで、同じ星からの救助をまちながら、地面の下で眠っていたのでした。世都は驚きます。いっしょに見つけた弟の理世も驚きました。ところがすぐに馴染んでしまいます。アンドロイドには人に暗示をかける力があって、それを使って理世や、父親や父親の部下の八角さん、近所の人たちに、自分を前からいっしょに住んでいる誰かだと思わせてしまったのです。

 ただひとり、世都だけは暗示にかかりませんでした。生まれたときから持っていて、母親をこわがらせた力のおかげだったようです。アンドロイドもその力に気づきます。こうしてお互いに秘密を持った1人と1体の関係が始まりました。

 誰にもいえなかった自分の秘密を知っている存在を得て、世都はちょっとだけ心が楽になります。セイさんと名乗るようになったアンドロイドも、自分の正体を知っている世都がいることを嬉しいといいます。でもそれは本当に世都がのぞんだ状況だったのでしょうか。自分のことを知ってもらいたい人はほかにいたのではないのでしょうか。

 いえなかった「行かないで」という言葉。伝えられなかった「ここにいて」という想い。その大切さ、かけがえのなさがセイさんという理解者を得たことで、世都の心にくっきりと浮かび上がって来ます。世都の父親に好感を抱きながらも、それを口に出来ない部下の八角さん(男性です)の想いの純粋さも、世都の心を揺らします。

 そんな葛藤をひとときのものにして、世都はどうにか立ち直ります。「それでじゅうぶんだよ」とつぶやき、セイさんがいることを気持ちのささえにして、世都はまた沈黙の道を歩き始めます。美しい姿です。でも反面、寂し過ぎるようにも映ります。すべてを吐き出してしまえ、そうしないと完全には救われないと感じる人もいそうで迷います。世都だってやっぱり迷っているのではないでしょうか。

 表題作になっている「あかりをください」にもやっぱり、口に出して伝えられない想いに悩んだり、迷っている人たちが出てきます。そのけなげさと、純粋さが心に感動をもたらしてくれる一方で、それでいいんですかといってあげたい気持ちも浮かび上がらせます。

 主人公の鳩子は、ふつうとはちょっと違った家族といっしょに暮らしています。父親はいます。けれども彼、尚ちゃんは鳩子の母親の再婚相手で、母親の同級生の弟だった人で、鳩子とは歳が20歳も離れていません。おまけに母親は尚ちゃんとの間に多実という娘を作ったあと、事故で亡くなってしまいました。

 血のつながらない兄のような父親と、異父妹といっしょの生活は、鳩子にとってつらいものではありません。ただときどき、尚ちゃんの母親がやってきて、息子と、孫の多実と3人で団らんしている姿を見た時に、鳩子はひとり自分がはじき出されたような哀しい思いを味わいます。窓からのぞくあかりの外、くらやみのなかで寂しさにふるえます。

 尚ちゃんはいってくれます。鳩子も多実もおなじ家族なんだと包んでくれます。あかりのついた、帰る場所を得て鳩子は立ち直ったように見えました。けれども鳩子はやっぱり悩み続けています。やってくる尚の母親と息子、孫との関係に割って入れない自分の立場に迷ってします。そしてだんだんと募らせていきます。自分の、尚ちゃんへの想いを。

 もちろんこの想いはいえません。いったら今の明るくて暖かい家族3人の関係が、こなごなになってしまうかもしれないからです。唯という鳩子の同級生がやっぱりいいだせずにいる、玉突きのように一方通行な秘めた想いとの対比の構図が、読んでいる人たちの心をやきもきさせます。けれども同時に、がまんするけなげさを尊いとも思わせます。

 鳩子はどうしたらいいのでしょうか。やがて巣立っていく場所とあきらめて、今の関係に浸るべきなのでしょうか。そして唯は届かない想いを内に秘めたまま、鳩子のがんばりを応援し続けるべきなのでしょうか。これは「みあげてごらん」の世都にもあてはまります。セイさんだけでじゅうぶんだと、自分を思いこませて生き続けるべきなのでしょうか。

 正解はありません。というより人の数だけ無数にあります。同じ人のなかにだって答えはいくつもあったりします。「人魚の骨」に出てくる透のように、還ろうとしている人魚に想いを口にして告げることもありでしょうし、「ビューティフル・デイズ」に出てくるかおるのように、素直になるべきかどうかを悩みまくるのもありでしょう。

 だから答えは自分で見つけてください。鳩子や唯、世都やセイさんや八角さん、透やゆかりの姿にいろいろと考えてみてください。いちどで見つかる人もいるでしょうし、やっぱり見つけられないかもしれません。読むたびに答えが変わってもいいのです。繰り返し、繰り返しページをめくったそのなかから浮かび上がってくる気持ち、それがなによりも大切なのだということを、「あかりをください」は教えてくれているのですから。


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