赤石沢教室の実験

 田代裕彦といえば、「キリサキ」や「セカイのスキマ」等々、富士見ミステリー文庫にあって独特の雰囲気を持ったキャラクターとシチュエーションを作り出し、叙述なり時系列の錯綜なりといったテクニックを駆使したドラマを練り上げ、物語に仕立て上げてきた作家。それだけに、ライトノベルのレーベルとは違った分野に出た時に、よりいっそうの奥深さと幅広さを持った作品を書き上げたのも納得だ。

 富士見書房が新しく立ち上げた、ソフトカバーの一般向け小説レーベル「スタイルF」から登場した田代裕彦の「赤石沢教室の実験」(富士見書房、1800円)は、創刊第1弾のラインアップに選ばれただけあって、これまでのレーベルのファンにも価格に見合った驚きを提供し、その名前を初めて見知る人にも驚きを与えられる作品に仕上がっている。

 赤石沢宗隆という、国際的に名を知られた画家がいた。現代のゴヤとも讃えられた彼には大勢の弟子がいて、中には赤石沢に劣らない名声を得た画家もいた。そんな画家の師としてさらに名声を高めていった赤石沢宗隆だったが、海外に出ることはなく、画壇で権勢を振るうこともなく、ある時から片桐芸術高等学校の創立者に乞われ、学校内にアトリエを構えて暮らすようになった。

 学園からも望まれれば生徒を弟子をとっていた。世界が名を知る画家の弟子であり、また新しい才能がそこから生まれていたこともあって、いつしか彼の周りに集まる弟子たちを総称して「赤石沢教室」と呼ぶようになった。

 周囲は当然のように「赤石沢教室」の面々をエリート視する。視線を集めて弟子たちも自らをエリートと任じるようになる。とりわけ3年前に死去した赤石沢宗隆が最後に取った4人は、現存する唯一の「赤石沢教室」のメンバーとして、学園の中でも半ば特権を与えられているかのように振る舞っていた。赤石沢が暮らしたアトリエに集い、誰の干渉も受けることなく創作活動を行っていた。

 そんなエリートたちは、エリートらしく人間性にはいささか問題があった。手伝いに寄る下級生を小間使いのように扱い、「赤石沢教室」を訪ねてきた者にも不遜な態度をとり続ける。作品の出来は絶対にして不可侵。しょせんは高校生に過ぎないにも関わらず、完璧な作品を描き作りあげていると思いこんで、批判は絶対に認めない。

 そんな4人だけに、才能なき弱き人間に対する態度は辛辣を極めた。まだ1年生の女性とで、理事長の孫でもある片桐あゆみにすら媚びた態度を見せることはない。あまつさえあゆみの兄に対しては、赤石沢教室の一員でありながらも自殺を遂げてしまったことを、取るに足らないことのように振る舞った。

 そしてあゆみは知った。同じ「赤石沢教室」のメンバーであったにも関わらず、他の4人が兄に対してとった態度が、結果として兄を自殺に追い込んだのかもしれないと。あゆみは憤る。そして心には復讐の念を沸き上がらせる。

 あゆみを「君」と読んで語りかけてくる人物と対話するように思考するあゆみのキャラクター的な特徴があり、そして「僕」と自称する人物が夜に目覚め徘徊を始めるという、その構成が意味する事態が引き起こしたかもしれないその後の事件。ひとり、またひとりと「赤石沢教室」のメンバーが消えていく事件がいったい、何者によって引き起こされているのかという点について、ある程度の確信を持って読者は展開を追っていく。

 しかし、それが果たして妥当なのかという疑念が起こり、事件の真相に煙幕がかかる。いったい何が起こっているのか。そもそも何が原因なのか。あらゆるもやもやが取り払われて後に立ち現れるのは、人間という存在の多様さ、複雑というものだ。

 読み返せばなるほど、確かにそう書いてあり、あるいはそうは書いていないことが分かって、すべてのピースがピタリとはまる。過去の作品で培ったミステリー的描写の冴えが生かされた、フェアなミステリー作品となっている。同時に赤石沢宗隆という人物が形作られていった際のすさまじさ、そんな体験を踏まえて赤石沢宗隆が行おうとした事態の恐ろしさが浮かび上がって、外部からの影響によって人間の心に芽生え、そして広がっていく暗い部分への戦慄が起こる。

 ファンタジー的な設定を使え、イラストも美麗なものが付けられたライトノベルのレーベルで書かれた作品群の方が、記号としてではなく人間としてキャラクターが描かれていて、読んで感じさせられるところも多い。しかしながら「赤石沢教室の実験」も、ミステリー作家の有栖川有栖が推奨するだけあって、ミステリーとして大人向けの完成度を持っているし、人間という存在の奥深さ、複雑さ、傲慢さ、脆弱さも描かれていて、学ばされる。

 「平井骸惚此中ニ有リ」に始まる過去の作品からファンとなった人には、あまりに構築的でエンターテインメント的な起伏が少なく、寂しいと感じさせる部分もあるかもしれない。しかし、読めば確実に引っ張り込まれる。もしかするとそうなのか。いやそれほど簡単な話ではないのか。考えさせられているうちに、ラストまで引きずっていかれる。

 そうやって読み進め、読み終えたら最初に戻って読み返してれば、なるほどと唸らされる。そうだったのかと驚かされる。「平井骸骨此中ニ有リ」から随分と遠くまで来た田代裕彦。まだまだ遠くへと行きそうだ。


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