アイスクリン強し

 「スイーツ(笑)」なんて流行に流されやすい女の子たちを笑っている男どもに警告。女の子は本当はしつこくってしたたか。気骨を持った明治の男たちでも翻弄されてあしらわれるくらいだから、軽佻浮薄な平成の男たちに太刀打ちできるはずがない。

 そんなことはない? とんでもない。「しゃばけ」シリーズが大人気の畠中恵が、明治の東京を舞台に描いた青春劇の「アイスクリン強し」(講談社、1500円)。そこに繰り広げられている物語で、女の子たちが見せる剛毅で剛胆な振る舞いに触れれば、誰だってそう思うはずだ。

 時は明治23年。ご一新から二昔が過ぎ去って、武士という階級はもはや存在しなくなっても武士の魂、あるいは武士のプライドは士族の中に今も綿々として残っている。武家の家格というものも引き継がれていて、士族のとりわけ幕臣たちの系譜に連なる男子に結構な負担としてのしかかっている。

 何しろ朝敵だった訳だから、仕官しようにも良い口はなかなかない。せめて培った教養と体力で採用試験を突破して、警視庁の警察官になるのが関の山。そうして集まった士族の子弟たちは、「若様組」というグループを作って境遇への不満を言い合ったりしていた。

 平だから薄給。おまけに武家に長く仕えてくれた家臣たちの面倒も見ていたから大変で、警官の身をちょっとは利用して稼いでお小遣いを稼いで何とかやりくりしていた。そんな「若様組」とは一線を画して、士族の出ながら西洋菓子店を開いたのが皆川真次郎。物語はその皆川真次郎が、友人でもある「若様組」の綿々と知恵を巡らせては、明治の東京に起こる事件を解決してく内容になっている。

 松平家の末裔を捜して盛り立てつつすがりたいと画策する旧家臣たちが、末裔につながる品を持つと見込んだ男を追いかけていたのを真次郎や「若様組」の長瀬が助けたり、貧民たちが暮らす場所にひとり取り残された少女が持っているらしいお宝を狙った騒動を、やはり「若様組」の面々の力も借りて治めて少女を助けたりする。

 ちょっと前まで天下国家を論じていた新聞が、妙に下世話な話を載せるようになって、その矛先が真次郎とか周辺にも及んで迷惑を被ったりした、その真相を突き止めるエピソードも。もちろん本業としてワッフルを作りシュークリームを作り、アイスクリームを作りといった具合に洋菓子を作って店を立派にしようと頑張る真次郎の姿も描かれる。

 そんな真次郎に興味を持ったのが、小泉商会という商社の一人娘の沙羅だった。菓子の腕前に惚れたのか、それとも顔立ち心根に惚れたのかは分からないけど気はある様子。出入りしてはお菓子を食べ、真次郎が困ったお金も時には貸す。真次郎が新聞のあることないこと書かれた記事で女学生の敵だと中傷されたときには、それを信じて真次郎の性根を糺そうと商談の席に乗り込み、不貞許すまじとホウキで脳天をぶったたく。

 果ては華族から婿を迎えて商会を任せようとする父の思惑に逆らって、自ら父の後を継いで商店を切り盛りしたいと言い出す沙羅。見合い話自体はどうやら真次郎が気になる華族の別のお嬢様が、沙羅を真次郎から遠ざけようとしてハメたものらしかったけれど、それに屈するなんてことはなし。真次郎や長瀬らが見せる推理の力で事態を収めて突き進む。

 そんな沙羅といい、彼女を真次郎から遠ざけようと画策した華族のお嬢様といい、士族の男たちを翻弄する明治の女の子たちのの何という強さ、したたかさ。強兵はともかく明治の富国の裏側には、きっと江戸の大奥で政治を仕切った女性たちにも通じる強さ、激しさを受け継ぎ、なおかつ自由を手に入れた明治の女の子たちの力があったに違いない。

 裏側で手を回して真次郎や「若様組」を動かし、利権に食らいつこうとする小泉商会の当主の凄みにも驚くけれど、そんな当主を次なる当主は自分だと納得させてしまう沙羅の強さはなかなかなのもの。大量の小麦と聞いて巡らせる軍事拡大への対応も、父親以上の商才が沙羅にあることを伺わせる。悲惨な境遇にある少女を助けたと浮かれている男たちとは器が違うというべきか。

 明治の男たちたちを手玉にとる明治の女の子。その舌を魅了してやまないアイスクリームにシュークリームにワッフルが、やはり世界最強ということでこれからは、裏での画策を表には見せず、素知らぬ顔でスイーツを嗜む女の子たちを「スイーツ(恐)」と読んで敬い、讃えることにしよう。


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